犬も歩けば猫に当たる3

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その天才は仕事と趣味、興味の1番がそれで、後は大して興味がないらしい。 自分の容姿が優れている事も、向けられる好意にも興味がなく、ただ盤上に広がる無限の世界だけを見つめている。 俺が煩わしいと思いながらも手放さなかった社交性という名前の諸刃の武器を、彼女はいとも簡単に捨て去ってしまう。 彼女がどんな人となりで、どんな価値観を持ち、才能を持っているか。 何を捨てて、何を大事に思っているのか、それが少しだけしかわかっていないのに、いつのまにか今まで感じた事のない欲が生まれてどうしようもなくなっていた。 おそらく盤を挟んで彼女と向き合った者達は、彼女の才能に嫉妬しながらも、自分はあそこまで賭けきれてないと納得し、またある者は、自分では手に入らない才能とその他すべてを持つ彼女ごと手に入れて、己の劣等感を満たしたいと思ってしまうのだろう。 俺のそれは後者に近い。もしかしたら手強い方が燃える、最初は好奇心に、そんな負けん気が加わった結果だったのかもしれない。 「……」 「しっかし、真剣勝負でお前に2目しか置けなくなったのかぁー……」 日が傾く頃、盤上に白と黒が埋め尽くされ、それぞれがこの1局の感想を漏らす。 名人が言う台詞からおそらく黒が勝ったんだろうが、ぱっと見それが盤上からはあまりよくわからない。 言葉通り取れば、その年齢で僅かなハンデしか置けなくなってしまったと称賛しているんだろうが、彼女はそうは受け取らなかったようで、悔しさがありありとわかる表情をしながらじっと盤上を見つめている。 「敗因はわかってるか?」 「ここ」
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