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「わかってんじゃねぇか。その一手は軽く受け過ぎだ。おかげでこっちが攻めやすくなった」
「……」
盤上をじっと見つめたまま動かなくなってしまった彼女にどう声をかけようかと迷っていると、今まで座って動かなかった一方が動き、いつの間にか彼女を見つめたまま動かなくなってしまった俺の肩をぽんっと叩く。
「先生、まだ時間あるのかい?」
「あ、はい。今日はオフなんで……」
「じゃあちょうどいいや。飯でも一緒に食おうや。遠慮すんな。前の弁護代と、このつまんねぇ時間に付き合わせちまった御礼だ」
無理矢理立たされて奥に案内しようとする後ろ姿を確認し、また後ろを向く。
彼女は相変わらず盤上を見つめたまま動かず、まるでどこか遠くを見つめる猫のように見えてしまう。
思わず声をかけようとするも、その前に目の前の男性に笑われる。
「ああ、あいつはいい。納得するまで動かねぇから」
「はぁ……」
最期にちらりともう一度彼女を見るも、俺と視線が交わる事はなかった。
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