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「残念―!次も勝つのはおれだもんねー!」
居間からひょっこり顔を出した男性は、俺の奇妙な感情ごと吹き飛ばすように明るい声を出すと、横を歩いていた猫がするりと前に出てしまう。
「くそじじい……っ」
「お義父さん、蛍をからかうのはやめてください」
(まただ)
また後ろ姿しか掴ませてくれない。
当たり前なのに、当たり前の事がどうしてこんなにもそわそわと胸をざわつかせるんだろうか。
軽く触らせてくれたと思っていた猫の後ろ姿を見つめながら、またこちらを向かないかなと思ってしまう。
(まるで中学生男子みたいだ)
絡まる視線は一瞬で、すぐに姿を消してしまうその猫は、闇夜に紛れてしまう黒猫のような存在で、餌付けをしようとしてもすっといなくなってしまう。
その癖微かな花の匂いだけ残し、気まぐれに振りまいて逃げる姿に、触れて感触を確かめたいという好奇心と、『欲』が生まれていた。
「今度ご飯でもどう?ご馳走するよ」
そんな言葉がするりと出てきたのは、その欲からしたら当然だったのかもしれない。
「送りに行ってやれ。それが今回負けた罰だ。」と名人に言われて、しぶしぶ門まで出て来てくれた彼女に対し、「じゃあ名人によろしくね」と答えるのが正しい答えでいつもの俺の答えだったはずなのに、これじゃあ軽い人だと思われかねないような台詞しか出てこない。
「……」
(あー……案の定そう思われた)
表情はどうやら少なくて、瞳から与えられる情報も少ない子なのは、半日も意識して見ていればわかる。
だけどさすがに俺の不審者たっぷりの言葉に対しては、わかりやすい反応をしてくれるようだ。
「いらない」
(だよねー……)
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