プロローグ

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かつて、鉄の森と称されていた都市部は、人を失ってから急速に自然に飲み込まれつつあった。 立ち並ぶビルの辺りからは幾つもの鳥の囀りが聞こえ、眼下に見下ろす道路には大小様々なヒビの合間から競いあうように雑然と植物が茂っている。 ペダルを回して高架を走る。出発してから一時間ぐらい走り続けただろうか? 前方を往く月日さんが振り向いた。 「土岐くんはセントラルを見たことはありますか?」 「ないよ。話に聞いただけだ。でも、このタイミングで切りだしたって事はもう見えてるんだろ? だったら、あれか」 進行方向にある、他の建物とは毛色の異なる白い尖塔を指さす。 「正解です」 「まだ大分離れてるな」 ここからでも見えるって事は、それなりの高さがある建物なのは間違いない。 現代技術の粋を集めて制作された自立大型宇宙航行船。その技術の名残を使ってるそうだけど、俺達にすればその日暮らしが精一杯だったあの時代に、あんなものをどうやって建造したのだろう? 民間に普及している先進技術と国家規模の最新鋭の技術には大差があると言うのは良く聞く話。 俺達に『消滅<ロスト>』の存在を知らしめた大消失が、後者に纏わる全てを抹消してしまった筈だ。だったら、あれは何だ? その分野に特化した技術者が残っていた? いやでも、技術があるだけじゃ足りない。 そんな思考の渦をぐるぐると周りながら正面を眺めていると、月日さんの更に向こうに動く何かを捉えた。 「月日さん」 目を凝らすと、人らしき影が此方に向かってきているように見える。 「誰かが来た」 「誰か、ですか? 何処から……あっ、見えました」 反対側――西側の住人か? 自警団が判断したようにセントラル周辺の被害の確認をするのなら、此方まで来る必要はない。 「東側に用があるのでしょうか? 東と西で共通する問題と言えば、セントラルに関わる事?」 「ただの訪問って可能性もある。それに、仮にセントラルに欠損が見られたとしても、西が東を頼る理由にはならないよな」 「そう、ですね。此方に技術者が居るわけじゃないですから」 西側に住んでいるとも限らない。そんな人が生存しているのかも解らない。 俺達の役割は『目で見て、欠損が見られない事を確かめる』ことだ。そうすれば安心ができる。 目で見た結果が反対でも、同じ事を言う。それは一見して何の意味もない行動だけど、全く違う。
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