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「うひゃひゃ、なにその仕草ー! 駄目っ、お腹が捩れる……!」 何か言い返したいのに、適切な反論が思い浮かばずに、俺は急いで新しい服を取り出して即座に身に付ける。 「俺は外に居るから、何かあれば呼んでくれ」 戦略的撤退の判断に迷いはなかったと言えば嘘になる。でも、この調子だと何を言っても墓穴を掘りそうだ。 去り際にちらりと2人の様子を伺うと、何故か月日さんが顔だけじゃなくて耳まで熟れた林檎のような色にして大上を引っ叩いていた。  ◇   ◇   ◇ 夕日が地平線に沈む頃。月日さんから見張りを交代してくれるとの申し出があって、俺はその厚意に甘えることにした。 神託会が襲撃を実行してからが本番だ。牢獄の冷たい壁に背中を預けて、身体を休める。眠りは思いの外すぐにやってきた。 そうして俺は夢の世界に旅立つ。それはなんてことはない過去の残滓。俺が――になる前の、武勇伝。 取っ付きの一文はこれにしよう。 その日、俺は正しく生きる事を諦めた。  ◇   ◇   ◇ のちに混迷の時代と呼ばれる、当たり前の秩序を欠いた時代。これは、その初期の話だ。 当時は人間としても成熟している大人達が数多に生き残っていた。 今では消失<ロスト>の影響で漠然とすら思い出せない。とにかく生物としての分類上の人であり、性別であり、大人である誰か達が居たように思う。 決定的な歯車を欠いた社会構造。それに見切りを付けた大人たちは、寄り集まって集団を構成し、小さな社会構造を作った。 畑を耕し、猟を行い日々の糧を得る。有識者の知恵を共有して、徐々に噛み合わせを整えたあえかな歯車は、不格好ながらも安寧の時間を刻んでいた。 ――奴等が集落を訪れるまでは。
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