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デスマーチ
IT技術者用語で「デスマーチ」というものがある。
非現実的な納期、不足する人員、無理な要求仕様、それらによって既に予定通りの達成は不可能と皆が判っているにも関わらず、プロジェクトに関わる者たちが過酷環境に身を投じている様を形容する言葉だ。
「あぁ、バグが消えねぇ!」
タツロウは、立ち上がり、苛々と椅子を蹴り飛ばす。
「くっそ!タバコ吸ってくるわ!」
答える者はいない。
その場には六人のプログラマがいたが、それぞれが自分の目の前のモニターに表示されている文字列やレンダリング画像たちと無言の格闘を続けている。
ビルの非常階段の踊り場。
屋根によって雨は防げるが、吹きさらしの喫煙場は、冬の寒さを凌ぐには至らない。
タツロウはブルブル震えながらタバコを吸う。
「くっそ…何であそこでメモリリークするんだ…そもそもライブラリがバグってるんじゃねぇの」
タツロウはブツブツと呟く。
タバコを吸うと一時的に脳が活性化する気がする。
「そうか!メモリリークするのは、必ずあの関数を呼んだ後だ…つまりあれがトリガーとなって…」
「あれ…?」
タツロウの同僚プログラマの一人がふいに声を洩らして、手を止めた。
彼だけではない。
六人全員が手を止めて、怪訝な表情でキョロキョロと辺りを見回している。
「なあ、聞こえたよな?」
「ああ…お前も聞こえたか」
「鈴の音…楽しそうなマーチの音楽…」
「マーチか…俺らはデスマーチの真っ只中だがな」
「そう言えば今日って、クリスマス・イヴじゃね?」
「うあっ!そうだ!マジか。俺ら淋し過ぎるな!」
六人は自虐気味に頭を抱えて笑いあった。
ふいに、一人が気付いた。
「あれ?タツロウがいないぞ?」
「トイレじゃねーの?寝てたりしてな」
「あははっ!おい、窓の外!雪降ってるよ!」
「うあぁ…こんな豪雪じゃ、喫煙場もかなり積もってるな」
「タバコ吸いたいけど、あそこで吸ってたら凍死するわ、マジで」
「タツロウ、タバコ吸ってたりして」
「ないない!」
タツロウは、さらに煙を吸い込んだ。
「間違いない!あれが元凶だ!よーし、あのバグが潰せりゃ、俺だけはデスマーチ脱出だぜ!」
タツロウはニヤニヤしながら何本目かのタバコをふかした。
どこからか楽しげな音楽が聞こえた気がした。
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