第1章

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お医者さんの話によると、彼は記憶喪失との事だった。 自分の仕事も住所も、名前すら覚えていない。何も覚えていない『全生活史健忘』との事だった。 彼は私の事も忘れていて、彼の中では初めて会った私を見て、プロポーズしたのだ。 どこの誰かも分からない私に。 彼は連れ去れるときに『運命の人』と叫んでいた。 『一目で分かった』のだと。 記憶の中から私が消えても、運命が私を覚えていたのだ。 記憶が戻った彼は、記憶を失っていた時の事をまったく覚えていないと言った。 もちろんプロポーズの事も覚えていないのだろう。 大切な宝物をしまうように、私の記憶の中だけに留めておこう。 いつか来る日まで。 今日も彼の為、少しでも元気が出るよう栄養のあるものを選んで買いものをする。 青い空を視界におさめ、私は鼻歌を歌いながら歩いた。
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