第1章

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目を閉じれば…一番幸せだった頃の風景が広がっている。 父がいて母がいて… その横には…祖父と祖母。 初めての発表会でうまく弾けなかったトロメライ… それが悔しくて悲しくてなく僕に… あの人は笑って代わりに奏でてくれた曲。 あの人の優しい音が僕らの幸せだった頃の一番の思い出になった。 そして… 今は… 余命宣告を受けた祖父の唯一の希望 「泣くな、哲人…次に頑張ればいいじゃないか…ほれ、務君が笑っておる…。」 祖父は幸せだった光景を繰り返す。 モルヒネで痛みを取る代わりに…夢の住人になってしまった祖父には…聞こえているのだろうか? あの優しくて暖かな音色が…。 病室を出た僕にちょっといいかな…と医師が声をかけてきた。 話の内容は予想通りだった。 ………もう…残り僅かなんだと…どんなに…願っても…祖父の時間は僅かしかない。 僕は…祖父の為に何が出来るのだろう。 ふいに…鼻歌が聞こえてきた。 祖父のいる病室から聞こえてくるその鼻歌は… 懐かしくも悲しい…幸せだった頃の記憶…… トロメライ… 祖父に…もう一度聞かせてあげたい。 それが…今まで育ててくれた僕の恩返しになる。
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