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扉を開けた病室の中には…
チューブに繋がれ酸素マスクをした小さな老人が眠っていた。
あの日…あらん限りの罵声と暴力を与えた姿は消えてしまっていた。
電子機器が規則正しく波を画面に映し出しているからこそ…
その老人の生存を確認できた。
それほど…この老人は死に近付いていた。
哲人が老人に近づき何かを囁いた。
瞬きすらない老人に…それでも微笑み、小さな箱を取り出した。
螺鈿細工の箱を…。
思わず、動き出そうとした俺の体を恵先生と愛里ちゃんが抱きついて止めた。
その間にも哲人は小さなゼンマイを回し…蓋を開く。
キン…
金属の澄んだメロディーが響き始める。
それは…最初に作ったオルゴール…
トロイメライが引けない男の子のために引いた…
「トロメライ…。」
うな垂れるように俺は呟いた。
本当なら…高いラの音を奏でるはずのオルゴールは、違う音を響かせる…
その時、老人に変化があった。
首だけでこちらを向き、俺を見ると…
哲人にマスクを外させ…
唇を動かした。
ゆ…る…し…て…
たった4文字を紡いで、電子機器は直線を映し…けたたましい音を響かせた。
それが最後だった…
駆けつけた医者と看護師に連れ出されて、閉ざされた扉から再び哲人が現れる事がなかった。
4文字と引き換えに哲人の祖父はその命を燃やし尽くした。
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