第5章

9/11
前へ
/146ページ
次へ
正直…俺の頭はパンク寸前だった。 どうやって…歩いて帰ってきたのかも覚えてないくらい 動揺していた。 今更…この耳が聞こえるようになるという。 ピアノを辞め…また趣味で弾き始めた俺にピアニストに戻れという…。 「今更…俺にどうしろと…。」 もう…俺には何もないじゃないか… 哲人の憎しみも… 哲人の祖父への罪悪感も… それらを受け止めるために生きてきた… それだけのために生きてきた… なのに…これはなんだ…? 哲人は…まるで愛されてると錯覚するような復讐しかせず… 哲人の祖父は…おれを呪わず許しを請い亡くなった… 挙げ句の果てに何一つ残さず哲人は消えていった。 恨みも…憎しみも…何一つ残さず… ここにいた気配すら消してしまった。 おれの人生はただ…許されるために…哲人に尽くさなければならないのに… 哲人は消えて… 俺には… 新しい生き方が示された…。 まるで…奇跡か夢物語のような…明るい未来図…。 「そんなもの…望んでなかった…。ただ…哲人が…ここに…哲人が…。」 いてくれたら…何も望まなかったのに…。 もう…終わりにしよう… 誰も断罪しないのならば…自分が…断罪すればいい…。 俺は…工房に入っていった。 工房には…ナイフがある。
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!

169人が本棚に入れています
本棚に追加