第1章(前編)

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「オレの住んでた町なんてド田舎っスから。それに何ていうか……タブーってやつスかね?  ガキの頃、鬼灯村の名を口にしただけで周りの大人たちからこっぴどく叱られましたから。オレより年下の連中はもう知らないかもしれませんねぇ」 (十年前……平成15年くらいか)  今の脇谷が23歳だから、10年前ならまだ13歳。  俺はといえば既に三十路手前だった頃。  ついでにいえば、その少し前の平成13年9月11日にはあの有名なアメリカ同時多発テロが発生している。  テロリストにハイジャックされた大型ジェット旅客機がニューヨークの世界貿易センタービルや国防総省(ペンタゴン)の建物に次々と体当たりし、米国史上空前の被害をもたらしたこの事件が、遠く太平洋を挟んだ日本の社会や経済に与えた影響も大きかった。  株価は暴落し、国内のTV各局はバラエティー番組やアクションドラマの制作・放送を一斉に自粛。その煽りを食って当時俺が勤めていた小さな番組制作会社は倒産。  その後知人の紹介により今の会社へ転職したわけだが、個人的にも色々と苦い思い出の多い時期ではある。  それはそれとして、部下の脇谷が持ち込んだネタは妙に俺の気を引いた。  日頃影が薄く、ADとしての仕事ぶりも今ひとつの彼だが、少なくとも口から出まかせをいうような男ではない。  いや万一嘘だったとしても、そのときは俺たちの手で「消えた鬼灯村の怪」という新たな都市伝説を創りあげてしまえば良い。  それで誰かが迷惑を被るわけでなし、ありきたりな心霊スポット探訪を惰性で撮るくらいなら、そちらの方がまだしも番組制作者として多少のやり甲斐はあるのではないか?  そう考えた俺は渋るプロデューサーを口説き落とし、何とかこの片田舎への出張ロケ予算をせしめたというわけだ。 「しかし地図にも載ってないんじゃな……ちゃんとたどり着けるんだろうな?」 「あ、大丈夫っス。オレ、この辺りの道には詳しいスから」 「頼むぞ? 今回のロケが失敗したら、ディレクターの俺の面子はまる潰れなんだからな」 「聞いたかよ? 脇谷ちゃーん、責任重大だぜ」  カメラマン始めスタッフ一同に肩を小突かれ、脇谷はてへへ、と照れ笑いを浮かべた。 「――どうよ、サキちゃん? 何か感じる?」  俺はスタッフから弄られるADから目を逸らし、車の隣席に座る少女に話題を振った。  松崎沙樹、17歳。
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