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「羽崎(はざき)さん。忘れ物」
園原明日香(そのはらあすか)はそう言って古びた鍵を私の机に置くと、すぐに去っていった。この鍵を忘れた覚えは全くないけれど。
「ねえ、聴いた?」
「何を?」
「園原さんの声!」
「それがどうしたの?」
「美しいなあ。てか、授業外で園原さん話すんだねえ。びっくりした」
それか。ああ、確かに学校で明日香の声を聞くことはほとんどないだろう。せいぜい、授業中に先生に当てられて何か答えるぐらい。その明日香が私に話しかけてきた。誰だって驚く。私も驚いた。
「ねえ、瑠美。園原さんと友達とか?」
「へ? なんで?」
「だって、園原さんと話してる人、初めて見たんだもん」
「ああ、お近づきになりたいの?」
「うん!」
明日香に近づくなど無理だと考えた方がいい。明日香に友達という概念が存在しているとは思えないからだ。
ただ、目の前にいる千晴(ちはる)にどう説明しようか。園原明日香に友達という概念はないと説明しても、そんなこと絶対ないと言って話を聞くとは思えない。
「瑠美、お願い!」
「それなら、園原さんに積極的に話しかけてみればいいと思うよ。もしかしたら、心を開いてくれるかもしれないし」
「そっかそっか! 私、園原さんに話しかけてくるね!」
無駄だと思うのだけれど。
明日香に忘れ物だと届けられた鍵を眺める。鍵には真っ白な宝石が埋め込まれていて、不思議な光を放っている。これは今の私には必要ない。今日、もう一度返しに行こう。私にはもう気力がないから。
「瑠美い」
「どうしたの?」
「園原さんに無視されたあ」
「やっぱり?」
「ねえ、なんでえ?」
「園原さんに訊いてみたら?」
「訊いたって答えてくれないじゃん!」
「まあまあ」
やはり、きちんと言った方がいいのだろうか。園原明日香の世界には園原明日香しか存在しない、と。千晴は理解しようとしないだろうが。
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