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翌朝、愛羅はまた新たな気持ちだった。
退職しよう、やっぱり続けよう、いややはり無理だ、でもしかし、と悩みながら昨日会社に向かったときとは、違う緊張感に包まれている。
勤務を続けたいという気持ちに変わりはないけれど、臆する気持ちは消せそうにない。
真冬の街はどこか忙しなくて、モノトーンのサラリーマンに囲まれながら電車に揺られ、見慣れたターミナル駅に降りる。
人波に流されるように足を運んで、辿りついた社長室の前で、少し躊躇した。
瀬乃山からの言葉が嬉しくて堪らず、昨夜はあんなことになってしまったが、瀬乃山はどう思っているだろうか。
後悔していないだろうか。
宮武を追い出してまで、自分がここにいていいのかと考えれば、気持ちは萎縮するばかりだ。
時計を見れば、始業時間までまだだいぶある。
ただでさえ静かなオフィスに、人気のない社長室の前は、しんと静まり返っている。
昨日も遅かったことだし、瀬乃山はまだ来ていないだろう。
そう言い聞かせて、おざなりのノックの後に応えも待たず、ようやく赤みがかったダークブラウンの分厚い扉を開けたが、愛羅の足はまたそこで止まってしまった。
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