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愛羅の場合、一番症状の酷かったときには苦痛だった電車はもう気にならないが、今は同じ職場の人などの、薄く繋がりのある人が一番気になってしまう。 瀬乃山や清香、林花蓮など、一定以上、存在が近くになってしまえば大丈夫なのだし、共有スペースで仕事をするようになって、徐々に慣れてきてはいたが、まだ緊張はする。 だからきっと、小さな店の空間を共にする人たち、しかも静かな、きっと愛羅が行ったことのないような大人びた空間で、というのは想像するだけでハードルが高そうだった。 それに比べれば、個室のほうが気にならない。 瀬乃山と、店員以外の視線を気にせずに済むだろう。 ……瀬乃山の視線、と考えるとまた別のハードルが持ち上がってきて、思わず「がんばります」と言ってしまったのだが。 「がんばらなくていいんだ。行ってみて、嫌だったら遠慮せずにそう言ってくれ」 予想外の言葉に、愛羅はハッとする。 驚きで開いた体から、新鮮な空気が入り込んで来た気がした。 「ありがとうございます。でも、私……もう色々と気にしないで、社長とご飯を食べられるようになりたいんです」 愛羅は一世一代の告白のつもりで言ったが、瀬乃山はふわりと微笑んだだけだった。 デスクに向き直って頬杖をつく、その横顔に、思わず見蕩れた。
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