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「会社では、変な誤解を招かないように、しっかり距離を置こう。でも、会社から出たら……俺だって普通の男だよ」
途端に甘く煌く視線に、愛羅の胸はキュッと締まる。
満足気に愛羅に手を伸ばそうとして、瀬乃山は信号が変わったことに気付いた。
名残惜しく思いながらも、前に向き直る。
「映画、何か見たいものある? 近くで何が上映しているか、調べてもらってもいい?」
「あ、はい」
愛羅がスマホで検索し始めるのを目の端で見やりながら、車を走らせる。
大胆で、男を翻弄する女だと思っていた愛羅は、実のところ、たくさんのものに怯えている。
辛い過去がそうさせているのだろう。
元々は明るい子だったと、麗美も言っていた。
瀬乃山自身は、恐怖心に鈍感になっているほうだと思う。
経営者という、リスクの大きい人生を選択した時点で、リスクを自ら取っていくことこそが、最大のリターンを得られる道だと確信している。
リスクヘッジは当然だが、ノーリスクノーリターンだということは、体に染み付いている。
だから、愛羅のことは、本当には分かってやれないのかもしれない。
隔たりが大きいことは分かっている。
けれど、瀬乃山は愛羅を守ると決めたのだ。
萎縮している心を和ませ、せめて自分の前だけでも怯えないようにしてやりたい。
当面の目標は、まずそこかと当たりをつける。
やがて聞こえてきた愛羅の声に耳を澄ませながら、瀬乃山は軽やかにドライブした。
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