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朝越貴哉という人間で二十年間生きてきた中で、何一つ得たものは無い。
名声だとか、富だとか、国だとか、肩書きだとか。
生まれた時代を責めているわけでもなければ、生まれたばかりの僕を孤児院に預けて消えた両親を憎むこともない。
毎月僕名義の口座に振り込まれるお金。誰が入金しているのかなど定かでは無いが、今となっては気に留めることも無くなった。
今までこれのおかげで国のために汗水流して身を削らずに生きてこれたわけだし、かの中枢都市で悠々と一人の生活を満喫している。
したいことをして、寝たい時に寝て、お腹が減ったら何かを買えば生きていける。実際孤児院を出て五年、そうしてやってきた。
…ハタから見れば僕なんて奴は腐っているんだろうな。
二千四十年の四月に世界で大規模な流行病が蔓延した。僕が十歳になるかならないかの時である。
それは新種のウィルスで、それまで存在していたどの菌よりも感染率が高く、発病すれば三日程で死に至る脅威的なものであった。結果二百億人を超えていた人口は約五パーセントの十二億人にまで減ってしまった。
ワクチンを開発したアメリカを除いたアフリカ、ロシア、中国などの大国は政府が機能せず、生き残ったとしても深刻な食料不足に追い込まれていると推測され今や明確な人口数も分からないという死の国と化している。
友好的な国を優先してワクチンを供給したアメリカに非を問うことは出来ない。ワクチンのおかげで今でも僕は生きているわけであるし。
だが…世界の情勢は在って無いものになってしまった。
下の文章は、ワクチンを世界に供給したアメリカが「表向き」に発表した声明である。
『歴代の主な生物兵器としては天然痘、炭疽菌、SARS、故意は無いにして腸チフスのメアリー・アローン。他にも色々あるが、今回蔓延しているウィルスはこれらとは全くの別物であり、また特殊な遺伝子配列を持つことから何者かが大量殺人を狙った無差別生物テロの可能性が極めて高い』
少なかれ日本もワクチンが供給されるまでは首都圏を中心に流行していて、二億人いた人口も現在の約二百五十万人に落ち着いた。
人口密度が高い東京、名古屋、大阪は爆発的な蔓延で壊滅し、比較的感染率が低い山間部や東北などの地方の人間が生き残った現状である。
僕の孤児院は、長野の山奥にあった。
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