―少年時代―

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もう一度まじまじと見る。 縁の部分に普通なら見逃しても仕方ないくらいに消えかけた小さな文字で、『地下』と書かれていた。 僕はここで十五年も生活している。言うなれば僕の全ての世界でもある。 見取図を書けと言われたら一分もかからず完璧に書ける。 この孤児院に地下など無い。 他に地下があるような所なんて孤児院から少し離れたところにある小さい倉庫だけだ。 ただそこだって農園に関わる道具が乱雑にしまい込まれているだけの建物だ。夏になると一度整理をすることになっているし、覚えている以上地下室なんて呼べるものは無かった。 他に僕が知りえる世界の中に鍵付きの地下室がある様な場所なんて… そこでふと昔の話を思い出した。 僕より十年も前から孤児院で生活していたナガブチさんという人がいた。もう四十歳を越えていそうなヒゲを生やしたオジサンである。 僕が八歳の頃、そのナガブチさんから職員室には開かずの扉があるなんて話を聞いたことがあった。 その三年後、社会復帰するには難が無くなったとの理由でナガブチさんは出所していったので他に詳しく知る人はいない。 ナガブチさんの入所の原因は重度の薬物依存だったらしいし、実際のところ禁断症状に相当苦しんでいたから開かずの扉の話なんて本当かどうか分からない。 この人にはよく嘘をつかれたし。 それにこの孤児院は二年前に一部を改築した。職員室、多目的ホール、教室。 僕らが主に生活していた寮自体はそのままだったが、孤児院と寮が渡り廊下でつながった。これは僕にとってはあまり好ましくはなかったが…(先生達に常に監視されているという錯覚に陥った) というわけで、新しくなった職員室には開かずの扉などは存在しないはずである。 職員室には頻繁に行くわけでもないのだが、昔に比べて当然綺麗になったし、なんのための開かずの扉なのだ。開かずにする必要性は何なのか。そもそも改築してまで残すというのは考えにくいし。 ただ、鍵は僕の手の中にある。おそらく簡易的な部類に入るであろうシンプルな鍵。 心に引っ掛かるものを抱きながら、僕はいつしか眠りに落ちていた。
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