プロローグ 1

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「本当に、出て行くのか。」 猪瀬光男の声に、只野喜一は一旦荷物整理の手を止め、苦笑と共に振り向いた。 「何を言ってる。」 「・・・」 「君は、私を追い出す大学側の人間じゃないか。」 「喜一・・・」 光男は、深々と頭を垂れた。 「すまんっ!」 「・・・」 「俺の力不足だ!こんな事に・・・!」 それに対し、喜一は。 「はははは。」 渇いた笑い声で応じる。 「君の力添えのお蔭、ではなくて、か?」 「喜一っ!」 「・・・すまん。」 「・・・」 「・・・」 二人は、暫く無言の内に、時を過ごした。 「・・・喜一。」 どれ程の時間が経過したろう。 やがて。 光男が。 徐(おもむろ)に、口を開いた。 「麻子さんの事は・・・気の毒だった。だが・・・」 「それも。」 喜一の皮肉な笑みは、変わらない。 「”気の毒だった”のは、お前の方だったんじゃないか?」 「・・・」 「麻子は結局。」 「・・・言うな。」 「俺を、選んだんだからな。」 「やめろぉっ!」 がしゃん! 光男の拳に飛ばされた喜一の身体は、体面の棚で大きな音を立てた。 「はぁ・・・はぁ・・・」 「・・・」 「あ・・・!」 肩で息をしていた光男が、はっと我に返った。 「だ、大丈夫か!?喜一!」 「久しぶりに、効いたよ。光男。」 喜一は笑みを晴れやかな物に変え、口許から垂れる血の筋を拭った。 「やっぱりお前は、俺の親友だ。光男。」 「どう言う理屈だ。」 光男が手を差し伸べ。 喜一がそれを取り。 二人の笑顔が、交わされた。 「さ、もう行かなきゃ、な。」 「喜一。」 「光男。君は、いい男だ。」 「止せよ。」 「”次に”麻子が選ぶのは・・・君かも知れんな。」 「喜一!お前!」 「じゃあな。光男。」 「もう止めるんだ!あんな研究!おい!喜一!」 いつまでも背中に投げ掛けられる、喜一、喜一と言う、絶叫に近い、声。 只野喜一は、振り向かずに歩き続けた。 「きいちいぃっ!」 光男は取り残された部屋。 一つ叫んで、膝を崩し。 力尽きた様に、上体を前方に折った。 まるで。 何かに祈りを捧げるように。
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