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「本当に、出て行くのか。」
猪瀬光男の声に、只野喜一は一旦荷物整理の手を止め、苦笑と共に振り向いた。
「何を言ってる。」
「・・・」
「君は、私を追い出す大学側の人間じゃないか。」
「喜一・・・」
光男は、深々と頭を垂れた。
「すまんっ!」
「・・・」
「俺の力不足だ!こんな事に・・・!」
それに対し、喜一は。
「はははは。」
渇いた笑い声で応じる。
「君の力添えのお蔭、ではなくて、か?」
「喜一っ!」
「・・・すまん。」
「・・・」
「・・・」
二人は、暫く無言の内に、時を過ごした。
「・・・喜一。」
どれ程の時間が経過したろう。
やがて。
光男が。
徐(おもむろ)に、口を開いた。
「麻子さんの事は・・・気の毒だった。だが・・・」
「それも。」
喜一の皮肉な笑みは、変わらない。
「”気の毒だった”のは、お前の方だったんじゃないか?」
「・・・」
「麻子は結局。」
「・・・言うな。」
「俺を、選んだんだからな。」
「やめろぉっ!」
がしゃん!
光男の拳に飛ばされた喜一の身体は、体面の棚で大きな音を立てた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「・・・」
「あ・・・!」
肩で息をしていた光男が、はっと我に返った。
「だ、大丈夫か!?喜一!」
「久しぶりに、効いたよ。光男。」
喜一は笑みを晴れやかな物に変え、口許から垂れる血の筋を拭った。
「やっぱりお前は、俺の親友だ。光男。」
「どう言う理屈だ。」
光男が手を差し伸べ。
喜一がそれを取り。
二人の笑顔が、交わされた。
「さ、もう行かなきゃ、な。」
「喜一。」
「光男。君は、いい男だ。」
「止せよ。」
「”次に”麻子が選ぶのは・・・君かも知れんな。」
「喜一!お前!」
「じゃあな。光男。」
「もう止めるんだ!あんな研究!おい!喜一!」
いつまでも背中に投げ掛けられる、喜一、喜一と言う、絶叫に近い、声。
只野喜一は、振り向かずに歩き続けた。
「きいちいぃっ!」
光男は取り残された部屋。
一つ叫んで、膝を崩し。
力尽きた様に、上体を前方に折った。
まるで。
何かに祈りを捧げるように。
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