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お店の中に入ると、そこはまさに無国籍のお店だった。全体の基調はアジアン風だが壁には油絵が飾ってあり、天井には換気扇のオバケみたいな羽根が回っていたかと思うと棚にはシヴァ神とガネーシャの像と何故か大きな燭台が並んであったりした。
席に座りメニューをパラパラめくってアンチョビ&バジルピザとチゲ鍋と海鮮パエリアの無節操な写真を眺めていると、店長らしき白髪交じりのオッサンがテーブルにやって来た。丸くて黒い瓶とグラスを大事そうに手に持って。
「こちらが郁美様のボトルキープのウイスキーで御座います。」
私は余りに仰天して声が出なかった。
一度も来たことが無い店に、何故私のボトルキープなんてモノがあるのよ!
しかし、確かにそのウイスキーの首にぶら下っている札には「村瀬郁美さま」と書かれてあった。そしてそれは、八年前に事故で無くなった父親・勝也の字だった。
「実は、二十年前この場所はバーでした。お父様はそのお店の常連で、郁美様が生まれた年にこのウイスキーをボトルキープされたのです。
その後、お父様は事故で亡くなられ、バーのオーナーも五年半前に病気で閉店することになりました。そのオーナーが次に入居する予定だったお好み焼き屋の店長にこのボトルを託し、その後スナックの店長へと引き継がれ、一年半前に私が引き継ぎました。郁美様が二十歳になった時に店長だった者が、このボトルをお渡しする決まりになっていたのです。
閉店時間は郁美様のお心のままに。どうぞお父様とゆっくりお過ごし下さい。」
ボトルキープは父親の遊び心の様なものだった。せっかく娘と飲むならと高い
ウイスキーをキープしようとした父親に、オーナーは笑って「いつもお父さんが飲んでるのが良いさ。」
と父親が愛飲していた「だるま」の方を勧めたのだった。
「なあ、オーナー。あと二〇年この店続けるかい?」
「なんだい、突然。もちろん続けるよ。」
「本当だな。じゃあ一本追加でボトルキープしようかな。娘の名前で。」
瓶の中でみんなの優しさがゆっくりとブレンドされた、
世界一美味しいお酒。
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