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「……」
近すぎて視界いっぱいに、鍵とガラス玉のついたキーホルダーが揺れる。
手を差し出すと、それは簡単に手のひらの上に落ちてまたちゃりんと音が鳴った。
「鍋」
「え?」
「寒いから、帰ったら鍋食いたい」
「あ……うん。わかった」
藤井さんが、屈んで革靴を履く。
背の高い彼と二人で玄関にいると、少々狭い。
手のひらを握りしめて、渡されたそれの意味を考えると自然と頬が綻びそうになる。
無理に堪えると変に歪んで、小さく咳払いをして誤魔化した。
「お前、もう引っ越してくれば。面倒だろ」
「面倒って?」
「どっちに帰るか、いちいち考えるのが」
一体何が面倒なのか。
自分の家に帰る生活に戻れば、それが一番面倒ではない話なんだけど。
「そう、よね。うん、面倒」
私のその返事で、それこそよっぽど面倒な引っ越し作業を互いの休みを利用して手分けして済ませてしまった。
相変わらず、私たちは素直じゃない。
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