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「ちょっ、やめてよ!」
俯いた視界に入って来たのは、もうコートのボタンを器用に外していく藤井さんの左手だった。
気付いた私が襟元を掴みよせようとするのを払い除け、ニットのVネックに指を引っ掛ける。
「やめてってば!」
「騒いだら人が来る。見せとくか?」
「じょっ……」
冗談やめて、と言いかけて。
顎を掴まれ上向かされて、言葉を飲む。
冗談では、なく。
その目は仄暗く熱くて、ニットの襟に引っかかった指先が胸の谷間を擽りながら、一瞬下着の中まで入り込んだ。
「わかった! ちゃんと帰る、帰るからっ……」
コートの前を寄せ集めて身を竦ませる。
すると頭上から細く長く、息を吐き出す音がして「帰るぞ」と抑揚のない声が聞こえた。
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