3/6
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 俺と小坂の就職した会社は大手の食品メーカー。俺はそこで企画営業部に配属された。入社二年目にはそこそこ売上げの大きい担当先を受け持ち、苦労しながら売上げを伸ばした。その努力が認められて、その次の年には全担当先の中で年間通してトップスリーに入る売上げを持つ得意先を任された。そして俺は会社の期待に応え、更に翌年には…… と、いった感じで、今の肩書きは課長。  新人を育てながらの企画営業は大変だが、売上げが伸びるという確かな手応えがハリを与えてくれる。秘書課で一番美人の小林さんとの交際も順調だ。  満員電車に体を押し込み、誰かの足を踏んで「あ、すみません……」とオロオロ謝っている小坂の声を聞きながら小さくため息をもらした。 「お前、なにやってんの?」 「あ……窓に鳥のフンがついてたから掃除だよ」  廊下で脚立に登り、ゴム手袋をはめている小坂。  総務課というか……まるきり雑用係りじゃないか。  そういえばこの前は男子トイレが詰まったとかで、やっぱりゴム手袋をはめて便器に顔を突っ込んでいた。その前は茶葉を配達する業者と、お茶の銘柄で真剣に立ち話。その前なんて虫取り網を持って、ビル内に入った虫を捕まえようと追いかけていた。  同期で出世頭の俺と、総務課雑用係りの小坂。同じように入社したのに気が付けばこんなに差が開いている。なんとも皮肉なものだ。  ある日の昼休みだった。  担当先との打ち合わせから会社へ戻ると、ジョウロを持って歩いている小坂を見かけた。  なにやってんだ?  不思議に思い、小坂のあとを付ける。  会社の敷地内には何も植えていない花壇があったが、いつの間にかそこに菜の花がいっぱい咲いていた。小坂が嬉しそうにジョウロで花に水を撒いている。その小坂の頭にとまる一匹の白い蝶。  なんとも間抜けでほのぼのした光景だ。きっとあいつはああやって定年まで過ごすつもりなんだろう。会社の売上げには一切貢献もせず。  
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!