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次に店を出ると今度は大人の──といっても、俺より一周りは若い女が困惑顔で立っていた。明らかに俺待ち顔。
「あの、すみません、これ……」
さっきの女の子=お菊が女の太股に背中を押しつけ、爪先で地面を突っついている。
「お嬢さんと一緒に召しあがってください。なんと、五個入り!」
女の顔の前へパーを突きだしながらいった。
「いえ、あの、困りますから」
「悪いけど、ほら」
俺は左手に掲げた袋を宙に持ちあげてみせた。
「この子がなにかいったんでしょうか」
「なにも。ただドーナツが好きかどうか聞いたら好きだって」
堅い表情の母親。完全にこっちを訝っている──馬鹿女め、俺はロリコンじゃねえよ。
「そういうのは……」
「そういうのってどういうの?」
押し問答のヒートアップ度合いにつれて、お菊の憂いもエスカレート。べそかき、しゃくりあげ、嗚咽。ついには崩れ落ちて泣き喚く始末。女はそれを受けて『泣かないの!』などと無理な要求を娘に突きつけている。
意味もなく叱るんじゃない! と、俺。ただし、そいつは心のなかで。
「なにが気に入らねえのか知らねえけどさ。そんなに信用できねんなら、捨てちまえよ。構わねえから。そこのゴミ箱にでもさ」
「後でなにかいわれても困──」
母親の手から袋を引ったくり、勢いそのままにシュートを決める。
なんとも気分の悪い昼ドナどき。いっとくけどなあ、お母さん。俺はどっちかっちゃあ、あんたのほうが好みなんだよ、この松雪泰子似の美人馬鹿女めが。
酒屋の角を曲がる。喧噪が半分になる。その先を次は左へ──半分、そのまた半分と減衰していく街と人、それから心のノイズ。ドーナツへの愛を踏みにじられたお菊の慟哭だけはしかし、耳にこびりついて離れなかった。
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