ある筒抜けの話

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なんて、新たな扉を開きそうになりながらも、荒ぶる呼吸を整え、何とか冷静さを取り戻す。 落ち着け、俺。 あれは、きっと、そう、脱ぎたてタイツなんかじゃなかったんだ。 なんかただの黒いヒラヒラした物体と思えばいい。 闇落ちした一反木綿か何かだ。 というかそれ以前に、そもそも俺は、タイツなんてものにこれっぽっちも興味がない紳士だからな。 さっきのは見た感じ、明らかに40デニールのタイツだ。 対して、俺が好きなのは60デニールのタイツ。表記上はたった20の差だが、それとこれとでは肌ざわりと厚みに雲泥の差がある。履いた時の透け具合の絶妙さ及び屈伸したときの膝の生地が伸びる感じがなんとも言えな――― 「…………」 なんか考えれば考えるほど墓穴を掘っている気がしたので、これ以上は止めておこう。自己発動型簡易賢者タイム。 そんなことよりも。 「つーか静香。お前、今後の人生絶対ギャンブルに手を出すなよ」 「はぁ? 野兎風情が何生意気なこと抜かしてるの? ことカードゲームにおいて、ウチが野兎如きに敗北を喫するなんて……そんなことあるはずがないのよ……!ふ、ふふ、ふふふふふ……見てなさい……ここから一気にまくり返してやるわ……!大丈夫……大丈夫……もう後はないけれど、ここからストレートで勝ち続ければ何の問題もないんだから……!確率は収束するんだから……!そうよ、ウチならできる……ウチならできるわ……!」 「そーゆーとこ、そーゆーとこ」 完全に目が血走っている静香を見据えながら、冷静にそうアドバイスをしておいた。 こいつはアレだな。 打たれ弱いくせにプライドが高い分、本気で賭け事で身を滅ぼすタイプだな。 普段の人を手玉に取る立ち振舞いからは想像もつかなかったが、いやはや、人の本質ってのはいつどこで発覚するか分からないもんだなぁ。 さてさて。そんなことよりも、この後俺はどうするべきか。 先ほどのゲームで、正真正銘、最終防衛ラインを突破した以上、静香に待ち受けているのは死のみだ。あとたった一回負けただけで、静香は文字通り羞恥の姿を晒すことになってしまう。 その事態だけは、絶対に避けないといけない。 さっきは中途半端に負けようとしたせいで、思わぬ勝利を掴んでしまったのがよくなかった。 次からは、徹底的に負けに徹しよう。 相手の心が読める以上、決して不可能なことではないはずだ。 無論、そうなると必然的に俺が全裸にひん剥かれる未来が待っているわけだが……こればっかりは仕方ない。 調子こいてしまった罰として甘んじて受け入れよう。 そうだな。 たまには人前ですっぽんぽんになるってのも悪くない、という超絶プラス思考で乗り切ろうじゃないか。解放感こそ新たな境地の一歩だ。 「じゃあ、次のゲームいくわよ……!覚悟しなさい、野兎……!(いい手札こい!いい手札こい!いい手札こい!)」 「はいはい」 静香の必死な心の声が聞こえる中、カードが配られる。 「ふーん、なるほど、ね。(きゃああああああああああああ!ここに来てワンペアしかないじゃないの!!まずい、まずいわ!序盤ならともかく、後がない状況で、手札が悪いのは致命的よ……!なんで今日はウチ、こんなについてないのよぉ……!ううぅぅぅぅ!)」 と、どうやら手札に恵まれなかったらしく、心の中は阿鼻狂乱の静香さんだが、相も変わらず1ミリも表情には出ていません。 つくづく恐ろしいポーカーフェイスだな。 「じゃあ、ウチは1枚交換しておこうかしら。(最悪フォールドも考えないといけないけど、ブタじゃないだけまだマシ……。数に限りのあるフォールド権をここで使うのは得策じゃない……。ここは最小限のカード交換を見せて、あとはハッタリで野兎をフォールドさせるしか……。いつもなら野兎なんて簡単に言葉で操れるけど、今日のあいつは妙に勘がいいのよね……。なんで今日に限って……)」 めちゃめちゃ考えている静香さん。 冷静な顔とは裏腹に内心ではすげぇ愚痴ってるけど、気にしない。 成程、そういう流れを取ればいいってわけね。了解。 静香の意図を汲んだ上で、改めて自分の手札を見直す。 ん? これは…………。 …………ふぅむ。 「……うん。じゃあ、俺は3枚交換で」 少し悩んだ後、手札から、3枚捨ててカードを入れ替える。 再装填された手札を見て、一安心。よし、これなら大丈夫だ。 「へぇ。3枚交換とは、賭けに出たわね、野兎。どうするの?(3枚交換したってことは、単純に考えれば、野兎はワンペアはあったということよね……。微妙ね。普段の野兎ならこの単調な動き通りの手札だろうけど、今日は一味違う感じがするから、ブラフかもしれないし……。そもそも交換したカード次第では、運よく強い役が出来上がってるかもしれない。もう少し、揺さぶって情報を引き出さないと……)」 色々深読みをしている静香を後目に、俺は大きく嘆息を漏らした。 そして、 「フォールドで」 そう一言漏らした後、手札を公開する。 「いやー、残念。ブタだった」 その宣言通り、俺の手札は役なし。すなわちブタだった。 「さすがに今までがツキ過ぎてたのかもなぁ……。やっぱりカードゲームってのは思い通りにいかないもんだ」 してやられた、という表情を浮かべ、悔しそうに頭を掻いてみせる。 まぁ、もちろん、内心では静香に負けさせずに済んで、ホッとしているわけだがな。とある一件で鍛え上げられた演技力が今日も今日とて冴えわたっているぜ、俺。 というか、やっぱり心が読める現状であれば、自ら負けようと思えばいくらでも負けれるもんだ。このまま巧く立ち回って負け続ければ、なんとかこの場を乗り切れそうであることが確認できて、一安心。 「あー、くそ。次でまた流れを取り戻せるといいんだけど……。さぁ静香、カードを配りなおして次のゲームに―――」 「ちょっと待ちなさい、野兎」 が、しかし。 一人演技を振りまいている俺を、静香が鋭い眼光で見据えていることに気が付いた。 そういえば、彼女は先のゲームで念願の勝利を得たはずなのに、少しも喜んだ様子をみせていない。 むしろ、納得いっていないかのように、訝しんで俺の素振りを観察しているだけだった。 これには、狙い通り事が運んで気が緩んでいた俺も、思わず身体が強張る。 「な、なんだよ……何か文句でもあるのか……?」 「…………」 俺の問いかけに答えることなく、静香の冷ややかな目線は、ゆっくりと移動。 その視線は、俺が先ほどのゲームで交換のために捨てた3枚の手札に向けられていた。 ヤバイ―――と思ったときには既に手遅れ。 俺が動くよりも先に、静香の手が、その手札に伸びた。 「あっ」 「……何よ、コレ」 捨てられた手札と、ブタとして公開された俺の手札を見比べて、静香一言そう漏らす。 「……野兎。アンタ、初手の時点でツーペアができてたじゃない」 「いや、それは……」 「それなのにわざわざ3枚も―――しかもペアになっているものを捨ててまで手札交換したってわけ? そんなの、まるで”わざと手札をブタにしたかのよう”にしか見えないんだけど」 「だから、それは、その……」 巧く言葉がでてこない。場を誤魔化す知恵が回らない。 ――そう。 実は、先ほどのゲームで俺がとった行動というのは、今まさに彼女が言った通りの内容なのだ。 静香がワンペアでどのように展開するか悩んでいる最中、俺はあろことか、初手でツーペアが揃ってしまったのである。 静香に勝ってしまう可能性がある手札が偶然揃ってしまった時点で、あのゲームを俺の負けで終わらせるには、意図的に成立済みの役を崩す他なかった。 だからこそ、単に事実を指摘されているだけなので、言い訳のしようがない。その目的以外では、俺の行動に対する理由がつかない。 「…………ふ、ふふ、ふふふふふふ……」 俺が回答に詰まっていると、唐突に静香が顔を伏せ、何やら不気味な含み笑いを漏らし始めた。 え、ちょ、怖っ。何、なに、なに。 「……ふふふふふふ。あー、そう。そういうことしちゃうんだ。へぇーなるほど。えぇ、分かった。よぉく分かったわよ」 そして、呪詛のようにブツブツと独り言を呟いた後、彼女は伏せていた顔を上げる。向き合った俺を見据えるその瞳は、冷徹で鋭いものへと変貌していた。 「――野兎」 「は、はい!」 「……アンタ。何かしらのイカサマをしてるわね」 「ッ!!」 放たれたその言葉に、思わず息が詰まる。 いや、もちろん俺は、俗にいうイカサマと呼ばれる類の小細工などはしていない。 あくまでココロヨメールの効果で、強制的に他人の心が読めるようになっているだけなのだが、先にも言ったように、そのステータスはカードゲームにおいてはまさにチート級の効力だ。 正々堂々、仕掛けなしで勝負をしているかと言われれば当然否であることを考慮すると、俺が今やっていることは、イカサマという括りに含まれても無理はない。 というより、下手なイカサマなんかよりよほど質が悪いよね。 「……もっと早くその可能性に気づくべきあったわ。そうよね、どんな偶然・奇跡が重なろうとも、アンタが私に頭脳と心理戦を使うカードゲームで悉く圧勝するなんて、そんなこと、天地がひっくり返っても絶対にありえないんだから」 そこまで断言されるんですか、俺の頭脳。 「いや、あの、静香、ちょっと話を聞い―――」 「いえ、いいの。別にいいのよ、野兎。アンタがイカサマを使ったことをどうこう言うつもりはないわ。むしろ感心してるのよ。弱者なりに、無い頭を振り絞って、必死勝つために試行錯誤して努力したのよね。アンタも成長したじゃない。とても素晴らしいことだわ。うふふふふふ」 「そ、それは褒めていただいているのでしょうか? そ、それともいつもみたいに遠回しに貶されているのかな? かな?」 「――そ、ん、な、こ、と、よ、り、」 俺の言葉に対して喰い気味に、そして尚且つドスの聞いた口調でそう言い放つと、静香がゆらりと立ち上がる。 き、気のせいかな? 静香の身体から、こう、なんていうの? 黒いオーラがメラメラと立ち込めているように見えるんだけど。 「問題なのは、ウチ自身よ。アンタ程度の男が考えるイカサマを看破できなかった己の馬鹿さ加減にも、そもそもイカサマが使われるということを想定していなかった浅はかさも、今頃になってようやく事態に気付く愚鈍さにも……全部全部、全部全部全部全部全部腹が立って仕方がないわ……ふ、ふふ、ふふふふふふふふふふふ」
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