ある窃盗の話

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それは――そう。 気持ちよく晴れた、穏やかなある日のことだった。 朝から天気が良かったことも相まって、俺はブラリと当てもなく散歩に出かけていたのだが……。正午を過ぎていざ帰宅してみると、おやおや。玄関に夕梨のものらしき靴があるではないか。 今日も兎上家に遊びに来てくれたのだろうか。 それならそうと、予め連絡をくれれば良かったのに。 「ただいまー。夕梨ー?」 彼女の来訪を嬉しく思いながらも、靴を脱ぎ、家に上がる。 リビングへの扉を開けてみると、そこには案の定、夕梨の姿があった。 とはいえ、彼女はソファーに座って寛いでいるというわけではなく……。 なんと、洗濯物を畳んでくれていたのである。 「なん……だと……」 俺の身体に電撃の如き衝撃が走る。 料理を作ってくれる姿は度々目にしているものの、洗濯物を畳んでくれている姿というのは、初めての光景だったのだ。 母さんに頼まれたのか、それとも自主的にやってくれているのか。どちらかは分からないけれども、とにかく、その光景は、恐ろしい程の初見殺しだった。 だって、だって。 付き合っている彼女が洗濯物を畳んでくれている姿だぜ? なんか、こう、凄く良いじゃない? 新婚さんみたいじゃない? あぁ……駄目……無理ぃ……尊いぃ……。 眩し過ぎて直視できないぃ……。 『あの子、俺の彼女なんスよぉ』と見ず知らずの人に肩を組みながら自慢して、思いっきり腹パンされたい。 何言ってるか自分でもよく分からないくらい、とにかく胸が熱くなる光景が目の前に広がっていたのである。 「~~♪」 鼻歌を口ずさみながら、ご機嫌な様子で取り組んでくれている姿を見る限り、嫌々やってくれているわけではなさそう。 というよりむしろ、喜んでやってくれているのかな? どんだけ良い子なのよこの子……そんな姿も可愛いです、本当にありがとうございます。
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