ある窃盗の話

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えっ、な、何、どゆこと。 あの、これ、一体全体何が起こってるの、駆、訳分かんない。 目の前に広がった急展開に、俺の思考は完全にマヒしてしまっていた。頭が真っ白になるってこういうことを言うんだね。 「ん……はふぅ……」 そんな俺の困惑を後目に、夕梨は更にYシャツを強く抱き寄せ、何やら安堵しきっているような気の抜けた声を漏らしている。 時間にしておそらく数十秒間。 このままずっとこの光景が続くかに思われたが、しかし、それは唐突に破られた。 「――って、何してるの私ッ!!」 急に我に帰ったのか。 夕梨がセルフツッコミをしながら、今の今まで愛おしそうに抱きしめていたYシャツを放り投げたのである。 いや、夕梨さん、それ、こっちの台詞。 「――ち、ちちち、違うから!Yシャツから駆の匂いがしてきて、そうしたら、なんだか妙に安心しちゃって、我慢できなくなっちゃって、そ、それならせっかくだしもっと近くで試してみようかなとか、そんなこと思ってないから!全然思ってないもん!違うもん!」 茹蛸のように顔を真っ赤に染め、目をグルグル回しながら、夕梨がこれまた独りでセルフ弁明をしていた。しかも一から十まで非常に分かりやすく。 一体誰に言い訳をしているんでしょうね。とりあえず、落ち着いて。 ……あぁ。しかし、成程。 そういうことでしたか。 やはり彼女が俺のYシャツの匂いを嗅いでいるように見えたのは……間違いではなかったと。つまりそういうことですね。 「ううぅぅ~……!やっちゃったよぉ……私……なんであんなことを……。だ、だだ、誰にも見られてないよね?」 羞恥のためか、涙目になりながら夕梨が再び周囲を見渡し始めたので、俺はすかさず身を隠す。 今見つかったら、大変なことになりそうだからな。 そして、夕梨。 残念ながら……見てしまいましたよ。えぇ。一部始終を。バッチリと。この双眼でね。 その上で、今の俺の正直な気持ちを吐露させてもらうとしよう。 勿論。心の中で、こっそりとね。 さて。 コホン。 あああああああああああああああああああああああああああ!うわああああああああああああああああああ!!はあああああああああああああああん夕梨可愛いいいいいいいいい可愛い可愛い可愛いあああああああああああああ夕梨ぃいいいいいいいいいいあああああああああああああ!
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