1 朔~新月~

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「……俺が  ………育てます」 そのとき朔は,この時点での人生最大の 決断の言葉を口にした。 「さくちゃん。  あさだよ。おきなきゃ!」 由宇(ゆう)は朔の上に 乗っかって,朔を起こす。 朔は朝が弱い。 「わ,由宇,ごめん。  また,寝坊した……」 「いいよ。さくちゃん。  パンかっていけばいいから」 「ああ……」 由宇 5歳。 朔 25歳。 毎日,ほぼこの繰り返し。 その度に朔は思う。  どっちが大人かわからないな……。 由宇は既に園バッグを肩に 掛けて待っている。 朔は慌ててスーツに袖を通す。 急いでネクタイを締め, とりあえず髪を整える。 朔が起きて来ないので、 由宇は冷蔵庫から 昨日の残り物を出して 朝ごはんとして並べていた。 朔はそれを口に入れて 慌ててまた冷蔵庫に片付ける。 「由宇は食べたか?」 「うん。たべたよ」  えらい……なんてできた  5歳児なんだろう。 朔はそう思いながら,対照的な自分の姿に また今日も少しへこむ。 「はやくしないとおくれちゃうよ」 「ああ!」 朔は荷物を抱えて,慌てて家を飛び出した。 朔と由宇が住むマンションの 1階はコンビニが入っていた。 朔がこの場所に住もうと 思った決め手の一つがそれ。 コンビニに入ると, 朔は店員のおばさんに挨拶した。 「おはようございます」 「あれ朔ちゃん,今日も寝坊かい?」 店員のおばさんは,親しげに, そして少しだけ呆れた声でそう言った。 「あ……はい」 この店員のおばさんは,店員兼大家。 通称,田丸のおばさん。 朔はあわてて,由宇の昼ご飯用の パンを購入した。 「おはようございます」 「はい,由宇ちゃん,  おはようございます」 由宇は,いかにも 「優等生」らしい挨拶をした。 田丸のおばさんは 「由宇ちゃんに会うといつも癒されるわ」と 言っている。 そんなおばさんを横目に見ながら 無事,パンをゲットし,由宇を保育園に送る。 「今日もよろしくお願いします」 朔はそういうとキラリと 自称イケメンスマイルを決めて見せた。 ベテランの保育士さんは 朔の顔を見てかどうかわからないけど, さわやかな笑顔を返す。 「はい。お預かりします」 そして朔は…… そこから徒歩3分の勤務先へ足を進める。
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