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静かな朝…
屋根には少し粗めの雪が積もり、時たま、溶けて拳ほどの塊のまま除雪が済んだ舗装路に落ちている。
早朝の斜めの日差しが、カーテンの隙間からの線を作る。閑静な住宅街ではそれが毎日の…
「…うわあ!」
はだけていた布団を更にはだけさせながら、とある中学校の3年生、野真直次は飛び起きた。遅刻しそうな時間になると母に怒鳴られているセリフが、頭の中をよぎる。
息遣いが粗いまま、枕を胸元に抱えて敷き布団に座り込んだ。冬には不釣り合いな程の汗をかいていた彼は、まるで稽古のあとのように息が荒かった。
しかし、見回しても誰もいない。枕もとに転がっていた目覚まし時計を拾って見ると、設定した時間よりも早い時間を指していた。下の台所から、朝食を作るために包丁を扱う音が聞こえる。
「第3次湾岸戦争…ねぇ…」
あら、またクウェートの方?味噌汁を注ぎながら、母は父に聞いた。
「何でも、第2次の時にはアジアに武器の輸送ルートが見つかったらしいって言ってたな」
「自衛隊が強化されたのもそれからだね。」
「そうだったな。」
新聞を読んでいる手を休め、父は針金のようなフレームのメガネを外した。
「それはそうと、明後日から名古屋に出張するんだよ。部下の谷屋たちと、3日間。重要な会議があるんだ。」父の肩書きはとある会計事務所の正社員だ。出身の大学ではトップの成績だったらしく、それでいてがっしりとした体つきをしている。
「名古屋まで?あら、遠いわね。旅費はどうするの?」
「突然の会議だから、補助金がでるらしい。」
「ああよかった。もし全額負担だったら、我が家の家計が火の車だわ。」
席に着いた母が冗談めかして言った。
「名古屋に行くんだって?お土産買ってきてね!」直次は、向かいにいる父に顔を近づけた。
「おいおい、味噌汁がこぼれるぞ。…大会で県まで登れれば、考えてやってもよかったんだけどな。」
「まったく、直次はいつも図々しいんだから…」隣の兄が言う。
「まあ、親父が買ってきそうなのは『ご当地!握力鍛錬セット』とかだろうけどな」
「バカ!兄貴何を…」
「ほう、直一にはそれを買ってやろうか?無論、普通のにシール貼り付けるだけだが。」
「…遠慮するよ、親父。」
何はともあれ、楽しい家族であった。
それから3日後、父は電車で名古屋に旅立って行った。母と共に駅まで見送ってから、直次は中学校に向かった…
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