八月の微熱

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『おーい、章司』 甲高い声の志那やおっとりした康代とは違うリズの声は心地よい響きを持っている。 『あはは、章司ったらぁ』 俺より20センチ近く背の低いリズは見上げながら俺のバカ話を聞いてくれる。 『章司ぃ、ちょっといい?』 志那や康代と喧嘩した日は小さな声で俺に電話してくる。 『章司…』 幼馴染でずっと側に居たんだ。 「…リズ」 これからだってずっと一緒にいよう。 居た!リズ! アルファルトを駆ける音が鴨芽の裏通りに響く。 真っ暗な路地を抜けて自分の短い呼吸とバクバク暴れる心拍音がうるさい。 「リズ!!」 夜の闇と月明かりに見つけた姿を間違うわけがない。背後から呼んだ声にビクンと肩が跳ねた。 「え?……章司?!」 寝静まる近所を意識してボリュームを落とした声は驚きを隠せていない。振り返る姿を捉えた安堵から軽いステップで近づくリズの先に外灯に照らされる人影が一つ。 「せ、んせぃ?」 菊池医院の数十メートル手前で鉢合わせするとは予想してなかった。 「ん、あぁ章司か」 普段ヨレたスウェットに小汚いチノパン姿の先生がこんな夜に限ってスーツを着ていた。 「やだ、章司。凄い汗じゃん。志那に言われて来てくれたの?ごめん、大丈夫なのに」 バッグから出してきたのはマイメロのハンドタオル。ラブリーな柄に汗を吸わせのを躊躇われた。 「リズ。帰ろう送るよ」 「あ…あー、大丈夫なの」 リズは拒否するように小さく手を振りながら先生を気にする。スーツの首元を寛げた先生が歩き出す気配はしない。
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