八月の微熱

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俺が… 俺だって… 名前、呼んでたら何か変わったのか? 放課後に逆上がりの練習に付き合って、夏休みはクロールの練習に付き合って、その代わりに苦手な教科の宿題は写させてくれた。 車の免許獲った時は深夜までドライブに付き合ってくれて、居酒屋で焼きナスの美味さを教えてくれて、将来の夢を語り合った。 嬉しい時も辛い時もずっと一緒にいて、たくさん名前を呼びあってたはずなのに。 一度だって里珠と呼ぼうとは思わなかった。 俺って、馬鹿だぁ。 幼馴染の立場に甘んじてたんだな。 リズ…… 体温よりも高い外気温に逆上せて酸欠のように喘ぐ。 「くッ、ふ……ッ、っ」 金縛りは解けても動く力が出てこない。 真夏でも冷え性のリズの肌触りを確かめることもなく、肩まで伸ばした髪の香りを楽しむことも出来ないなんて。 伸ばしかけた手は届かなかった。 真夏の夜の空気を肺いっぱい吸い込んで空を仰いでも瞼は固く閉じたままだ。 リズ、良かったな…… そう言わなきゃいけないんだ。 リズ、幸せにしてもらえよ? そう言い聞かせなきゃ。 あぁ…熱い。 胸にはキリキリとねじり込まれる痛さ。 あぁ…熱い。 目ん玉が溶けてしまうんじゃないかと奥歯を噛み締めて。 リズ…… お前、先生の前ではあんな表情してんだな。 「ゥッ、ク…ゥッ」 こめかみを伝う汗と目尻から溢れた雫が一つになる。
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