君と声

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ある理由からそう感じるようになってから月日は流れ、俺と戸塚は就職三年目。 何故か優秀な戸塚が俺と同じ会社の同じ部署に居る。 俺も就職を機にきちんと女らしくするようになった。 それと同時に少しだけ周りが優しくなったというのに戸塚の態度が時折冷たくなっていった。 仕事が忙しい所為もあり一緒に居る時間も大分少なくなった。 就職してからというもの俺自身も俺と思うこともなくなり私、というように気持ちも切り替えた。 三年経っても履きなれないスカートもそのうち馴染むだろう。 気がつけば春が過ぎ夏が来て秋がもうすぐそこまで来ている。 冬を越える前にこの気持ちに終わりを告げよう。 戸塚は喋れないんじゃない。 喋らないんだ。 私とは違う。 私は本当に喋れない。 母親曰く生まれつきの障害だ。 手話も解らない。 気持ち的に覚えたくないのだ。 他はきちんと機能している。 音も聞こえるし身体だって全部動く。 それでも他人から見れば私は…。 心が『女性』だと怖くて惨めで強くあれなかった私。 『俺』と思うことで周りの目や今後喋れない事で起こり得るあらゆる弊害や恐怖をごまかしてきた私。 そんな私にとって戸塚がずっと一緒に居てくれた事がどれだけ大きく私の支えになっていたか。 戸塚だけがいつも私と居てくれていた。 いつも傍に居てくれて筆談してまで私に付き合ってくれた。 戸塚を失うのは正直辛い。 もし戸塚を遠ざけてしまったらどんな友達が出来ようと続かなかった私と根気良く付き合ってくれるような変わり者はもう二度と現れないかもしれない。 本当の意味で誰も自分の傍にいなくなってしまう。 けれどこのままではこれから先も何かあれば甘えてしまうだろう。 だから全てを断ち切るには思い切りが必要だ。 冬半ばには辞表を出して会社を移ろう。 住所も電話番号も変える予定だ。 疎遠になってきたとはいっても今現時点でも明らかに私に合わせ続けてくれている戸塚。 私との時間が取れなくなるからとどんな女性からのアプローチも断り続けている優しい戸塚。 このまま私と一緒に居て出会いまで逃がして彼が不幸せになっていいわけがない。 好きな人が出来てもきっと戸塚は私に遠慮して私が一人にならないように好きな人と両思いになることを諦めてしまいかねない。 そんな危うさが私はたまらなく嫌なのだ。 私は戸塚から離れる事を固く決心していた。
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