第1章

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 ピピピピピピ――  キリヤの腕にはまった、一見ブレスレットに見える装置から発せられた機械音に、リクは一瞬ひるんだ。 「聞いてない。俺はこんなことをおまえにさせたかったわけじゃない」  リクは、白い服を着、カプセルに全身を(うず)めたキリヤに向かって言った。 「ごめんなさい……」  キリヤが唇を噛み締め、目をそらした。青白い顔色がさらに青くなったように感じられる。  部屋には誰もいない。看護師やほかの医師を三十分だけ、リクは追い出したのだ。キリヤとゆっくりと面談するためにどうしても必要な時間だった。  キリヤが体を横たえているステンレスのカプセルは、ちょうど人間が一人横になれる大きさのものだった。カプセルの内張は柔らかな生地でキルティング加工されている。カプセルの上部には、カプセルをすっぽりと覆うことができるほど大きな蓋がついていた。カプセルの外側には、いくつもの液晶のモニターが並び、短い機械音を発している。  キリヤのこめかみ、腕、胸に銀色の丸いシールが貼られている。そのシールが機械にキリヤのバイタルサインを送り続けているのだ。  本当はリクにも分かっているはずなのだ。  このままではキリヤは死んでしまうと……。リクは医者だ。それも特殊な。  仮死状態にする措置をし、細胞の活性化を遅らせ、遅効性の治療を施すのだ。  キリヤの筋萎縮性側索硬化症に対して、効果的な治療は今のところない。あと十年すれば、IPS細胞によって損なわれた脳細胞の再生を試みることができる。そのためには時間が必要であり、十六歳のキリヤにとっては早すぎると言うことのないものだった。今のうちに治療を始めれば、キリヤが助かる可能性は高い。もし十年後に治療に失敗したと分かっても、仮死状態にあるキリヤは年を取らないため、何度でも試みることが可能なのだ。  リクはこの治療をキリヤに教えてはいた。しかし、リスクが高いことも説明していた。  仮死状態から目覚める可能性は五十パーセント。動物による治験では九十パーセントの結果を得ていたが、人間での治験はまだだったのだ。  治験体の募集をしていることを言うのではなかったという、リクの後悔がその表情からもうかがえる。怒りと悲しみと、相反する感情が浮かんでは消え、言葉にできず、キリヤとリクの間に漂っていた。 「ごめんなさい……」  また、キリヤが呟いた。消え入るような声音。
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