第1章

2/5
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「おかえり?」  聞き慣れた声に、俺は体を硬くした。あり得ない。俺の帰りを待つ人間なんていないはず。ましてや、男が。そうなのだ。俺は一人暮しを満喫する独身、二十七歳。中堅の証券会社につとめ、コネもあって出世街道まっしぐらだ。  そんな俺の家に、裸でエプロンして、菜箸持っている男がいてはならない。 「なんで、キミトがここにいるんだ……」 「びっくりしたろ? ごはんにする? 風呂にする?」  いや、ご飯作ってるキミトにビックリしているわけではない。隠れてこっそり付き合い、世間には秘密にしている恋人が、なぜ、厳重に管理されている俺のマンションにいるか、と言うことだ。 「どうやって入った!?」  俺の詰問に、キミトが舌を出して笑った。 「知らせず上京した弟だって言ったら入れてくれた」  ど、どこが厳重なセキュリティを誇るマンションだっ! 月十五万払う価値なし! 「帰れ! 勝手に飯とか作るな! 風呂も入れるな!」  すると、キミトが下唇を突きだした。今年で二十歳のキミトはまだ線の細い少年で、中性的で初々しい。甘えた顔も様になっている。 「俺と約束しただろ! 会うときは外。連絡は俺からするって」  キミトがますますふくれ面になった。 「だって、最近ヤスアキったら、仕事で忙しいって言って会ってくれないじゃん。そんなんじゃ、浮気するからね」 「浮気でも何でもしたら良いさ。とにかく俺は、男とつきあってることを世間に知られたくないんだ! 俺の出世をだめにする気なのか!?」  俺はキミトの気持ちを考えず、本音をぶちまけた。  いきなりキミトの目から涙が溢れて出た。 「ヤスアキ、俺に好きって言ったの、嘘なんだ? やっぱ、セックスしたかっただけなんだ。俺、ネコ受けするの初めてで、それまで素股だったけど、ヤスアキが好きだったから、俺……」  泣き出したキミトをどう扱っていいかわからず、俺はうろたえた。とにかく泣き止ませ、服を着せて帰らせよう。 「とにかく座るんだ。落ち着こう。話し合えば分かる」  そう言って、裸エプロンのキミトをソファに座らせた。キミトはまだしゃくり上げている。こうなると別れ 話をする男女のようで、みっともなく感じる。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!