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「おかえり?」
聞き慣れた声に、俺は体を硬くした。あり得ない。俺の帰りを待つ人間なんていないはず。ましてや、男が。そうなのだ。俺は一人暮しを満喫する独身、二十七歳。中堅の証券会社につとめ、コネもあって出世街道まっしぐらだ。
そんな俺の家に、裸でエプロンして、菜箸持っている男がいてはならない。
「なんで、キミトがここにいるんだ……」
「びっくりしたろ? ごはんにする? 風呂にする?」
いや、ご飯作ってるキミトにビックリしているわけではない。隠れてこっそり付き合い、世間には秘密にしている恋人が、なぜ、厳重に管理されている俺のマンションにいるか、と言うことだ。
「どうやって入った!?」
俺の詰問に、キミトが舌を出して笑った。
「知らせず上京した弟だって言ったら入れてくれた」
ど、どこが厳重なセキュリティを誇るマンションだっ! 月十五万払う価値なし!
「帰れ! 勝手に飯とか作るな! 風呂も入れるな!」
すると、キミトが下唇を突きだした。今年で二十歳のキミトはまだ線の細い少年で、中性的で初々しい。甘えた顔も様になっている。
「俺と約束しただろ! 会うときは外。連絡は俺からするって」
キミトがますますふくれ面になった。
「だって、最近ヤスアキったら、仕事で忙しいって言って会ってくれないじゃん。そんなんじゃ、浮気するからね」
「浮気でも何でもしたら良いさ。とにかく俺は、男とつきあってることを世間に知られたくないんだ! 俺の出世をだめにする気なのか!?」
俺はキミトの気持ちを考えず、本音をぶちまけた。
いきなりキミトの目から涙が溢れて出た。
「ヤスアキ、俺に好きって言ったの、嘘なんだ? やっぱ、セックスしたかっただけなんだ。俺、ネコ受けするの初めてで、それまで素股だったけど、ヤスアキが好きだったから、俺……」
泣き出したキミトをどう扱っていいかわからず、俺はうろたえた。とにかく泣き止ませ、服を着せて帰らせよう。
「とにかく座るんだ。落ち着こう。話し合えば分かる」
そう言って、裸エプロンのキミトをソファに座らせた。キミトはまだしゃくり上げている。こうなると別れ 話をする男女のようで、みっともなく感じる。
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