6人が本棚に入れています
本棚に追加
「俺は特別なんだって、両親がよく言ってた」それは一度だけ、無口な彼が私にしてくれた話だ。
「俺の母親は亜人だった」とかつて彼は言った。「それで、俺の父親は亜人じゃなかった。亜人と人間の子どもってのは、世界で俺だけなんだと。だから俺は特別らしい」
ふ、と彼は自嘲した。
「けど母さんは亜人だったから殺されたし、父さんは亜人じゃなかったから殺された」
それに続く言葉はしばらく出てこなかった。その横顔はがても寂しそうに見えて、私は思わず彼を抱き寄せていた。
「……俺が死ぬときは」聴いたこともない弱々しい声。「何を理由に殺されるのかな」
――あれから5年経った。
5年経った今日、彼は撃たれた。
「たあん」という音が青空に響いて、そして彼が倒れた。遠くからでも赤い血がゆっくり広がっていくのが見える。
「嘘だ」と呟いた。死なないで、と思った。
私は走り出していた。発砲音で気の逸れていた警察の隙間を走り抜けて、倒れた彼に向かって走り続けた。ひょっとしたら、と思う。ひょっとしたらまだ彼は生きていて、どうにかすれば助かるかもしれない。
彼の姿が近づいてくる。あと少し、あと少し――
「たあん」と言う音が、また、空に響いた。
最初のコメントを投稿しよう!