第1章

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「今日の昼飯何?」 「麻婆豆腐」 「四川風にしてね!」 「あいよー」  一路(いちろ)が返事をして、豆腐を切り始める。さいの目。大きな手のひらに一丁のせて、器用に縦横に包丁を通していく。  オープンキッチン風のカウンターに真向かいになって、一路の恋人である貴臣(たかみ)が頬杖を突いて見つめている。  休みの風景だ。一路は料理がうまい。積極的にはしないが、リクエストには応じてくれる。それ以外は冷凍食品をチンして終わり。  朝起きたときに貴臣が「豆腐食べたい。中華味」という曖昧なリクエストをしたおかげで、昼飯が麻婆豆腐になった。  料理を手際よく行うには準備が必要だ、と一路は言う。  ステンレスの調理台の上に、計量した調味料が、小さなガラス製の容器に入れられて並んでいる。一路はこういうキッチンツールをそろえるのも好きだ。形から入るところがあるのかもしれない。  ほとんど茶色の同じものにしか見えない調味料を指さして、貴臣が訊ねていく。 「これなに?」 「甜麺醤」 「じゃんじゃんめん?」 「中華甘味噌!」  レシピも見ずに作れるのだから、やはり一路は料理が得意なのだろう。  以前なぜレシピを見ないのか聞いてみたことがある。 「バイトで食堂の調理してたことがあるから」 「アレって免許いるんじゃないの?」 「黙ってりゃわかんねーの」  要するに、店長が食品衛生の講座を受けて資格証を受け取れば、調理師の免許があろうがなかろうが関係ないと言われたらしい。 「なんだか食中毒になりそうな食堂だな」 「ゴキブリはいたけど、病人は出なかったぜ」  そんな風にはなしながら、一路は手際よく、中華鍋に調味料を入れていく。  ごまみたいに小さく刻んだニンニクとショウガと白ネギ。まな板でリズムよく踊る包丁。一路の料理する姿が好きだ。マエストロみたいに優雅に立ち回る姿がセクシーに感じる。  うっとりと貴臣は一路を見つめた。 「あ、そーだ。豆腐、絹ごしにしてくれた?」  貴臣の言葉に、優雅な動作が止まる。 「木綿にした。じゃないと崩れる」 「俺、崩れて柔いのが好きなの」 「先にいえよ」 「えー、木綿やだ。固いし味染みないし」  一路が腰に手を当て、難しげに眉を寄せた。次の瞬間、滑るような動きで冷蔵庫の前に立つ。そして、無言で冷蔵庫を開ける。絹ごし豆腐を取り出し、さいの目に切り分けた。 「どうすんの? もう一回作り直すの?」
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