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「今日の昼飯何?」
「麻婆豆腐」
「四川風にしてね!」
「あいよー」
一路が返事をして、豆腐を切り始める。さいの目。大きな手のひらに一丁のせて、器用に縦横に包丁を通していく。
オープンキッチン風のカウンターに真向かいになって、一路の恋人である貴臣が頬杖を突いて見つめている。
休みの風景だ。一路は料理がうまい。積極的にはしないが、リクエストには応じてくれる。それ以外は冷凍食品をチンして終わり。
朝起きたときに貴臣が「豆腐食べたい。中華味」という曖昧なリクエストをしたおかげで、昼飯が麻婆豆腐になった。
料理を手際よく行うには準備が必要だ、と一路は言う。
ステンレスの調理台の上に、計量した調味料が、小さなガラス製の容器に入れられて並んでいる。一路はこういうキッチンツールをそろえるのも好きだ。形から入るところがあるのかもしれない。
ほとんど茶色の同じものにしか見えない調味料を指さして、貴臣が訊ねていく。
「これなに?」
「甜麺醤」
「じゃんじゃんめん?」
「中華甘味噌!」
レシピも見ずに作れるのだから、やはり一路は料理が得意なのだろう。
以前なぜレシピを見ないのか聞いてみたことがある。
「バイトで食堂の調理してたことがあるから」
「アレって免許いるんじゃないの?」
「黙ってりゃわかんねーの」
要するに、店長が食品衛生の講座を受けて資格証を受け取れば、調理師の免許があろうがなかろうが関係ないと言われたらしい。
「なんだか食中毒になりそうな食堂だな」
「ゴキブリはいたけど、病人は出なかったぜ」
そんな風にはなしながら、一路は手際よく、中華鍋に調味料を入れていく。
ごまみたいに小さく刻んだニンニクとショウガと白ネギ。まな板でリズムよく踊る包丁。一路の料理する姿が好きだ。マエストロみたいに優雅に立ち回る姿がセクシーに感じる。
うっとりと貴臣は一路を見つめた。
「あ、そーだ。豆腐、絹ごしにしてくれた?」
貴臣の言葉に、優雅な動作が止まる。
「木綿にした。じゃないと崩れる」
「俺、崩れて柔いのが好きなの」
「先にいえよ」
「えー、木綿やだ。固いし味染みないし」
一路が腰に手を当て、難しげに眉を寄せた。次の瞬間、滑るような動きで冷蔵庫の前に立つ。そして、無言で冷蔵庫を開ける。絹ごし豆腐を取り出し、さいの目に切り分けた。
「どうすんの? もう一回作り直すの?」
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