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「千尋ー、いるか?」
いきなり玄関ががらりと開けられる音がして、聞きなれた声が家屋中に響き渡った。
近所に住む、ガサツな幼馴染である竜彦だ。
俺は庭で趣味の園芸をしているところだった。大げさなものではない。鉢植えに植えた観葉植物を育てる、ごく簡単なものだ。
午前の日当りのいい時間帯にはこうしてのんびりと仕事の合間を縫って、庭いじりをするのが俺にとっての癒しなのだ。
その憩いの時間を騒がしい足音を立てる主が、あっという間にぶち壊した。
「お、千尋。いるなら返事くらいしろ」
俺はなおも返事せず、じょうろで植物たちに水を与えていた。細かな水の滝に観葉植物の幅広かったり、剣のように鋭かったりする葉が、くるくると翻り、反射する太陽の光にしずくがまるで宝石のように輝いている。ペリドットやエメラルドの雫が方々に飛び散る。
ついこの間敷き詰めなおした腐葉土へと、宝石たちは落ちていき、あっという間に吸い込まれていく。そのさまがなんともいえず、俺は好きだ。うっとりと眺めていると、竜彦が俺の夢想をぶち破った。
「見てくれよ! こいつ」
ミュー
弱々しい声に、俺は思わず振り向いた。
竜彦のパーカーの内側に、茶トラの子猫がしがみついて、お乳を探るように、竜彦のシャツをしゃぶっていた。
「こいつ、角の竹下のばあちゃんちのぶちこの子供でさ、生まれたからもらってくれって言われたんだ」
へぇ、そう……。と、俺は再び、植物相手に世話を始めた。
しかし、竜彦は気が収まらないらしく、子猫を自分の胸から引きはがして、うるさいくらいに続けた。
「あんま、かわいいからさ、お前にも見せてやろうと思って連れてきたんだぜ。だから、見ろよ」
俺はうっとうしげに竜彦の手の中の子猫を見やる。
綿毛のような毛が空気を含んでふわふわと浮き立ち、まだ柄もはっきりしてない淡い茶色の模様から、地肌のピンク色が透けて見える。毛におおわれてない部分はすべて薄い桜色をしている。鳴いた後しまい忘れた赤い舌が口元からはみ出て見える。
まぁ、なるほどかわいい類だ。
うむ、と頷くと、俺は再び……。
「そりゃ、子猫様の攻撃だ!」
思考を突然中断された。竜彦が両手に抱えた子猫を、こともあろうか俺の大事な観葉植物の前に差し出した。
「あ」
と、叫ぶまもなく。
ガブ ショリ
子猫が剣のようにとがった葉にかみつき、一心不乱に食いだした。
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