第1章

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 (ひさぎ)と出会ったのは、初秋のことだった。赤い楓が彩る、散歩道にお前は佇んでいた。すぐ側にある展示会場では、暁月楸(あかつきひさぎ)の個展が催されていた。俺はその個展に招待されて赤い色彩に染まった道を歩いていた。  長い髪を後ろに一つにまとめ、麻のショールを肩に掛けた楸は一見背が高い女性に見えた。  そのときは声を掛けることもなく、俺はその姿があまりにも風景に溶け込んでいることに見とれただけだった。  会場で楸本人の写真を目にして、初めてあの女性と思った人物が、個展を開いた本人だと理解した。  会場を取り仕切っているのは楸の絵画を取り扱っている画商で、彼が俺をこの個展に招待したのだ。  楸の絵は抽象的な色彩が中心で風景画でも人物画でもなかった。ましてやキューブリズム的な幾何学模様でもない。  厚く塗り込められた油絵の具やアクリル絵具の色の氾濫だった。  高値を付けられた楸の絵に真の価値を見いだしている人間は数少ない。数々の賞を受賞し、短期間で天才画家として画壇に躍り出た彼は謎に包まれた人物だった。  画商すら私生活を知らない。類い希な美貌を持つ若き天才が己のことを語ることはなかった。  俺は一番気に入った色使いの絵を買った。それは彼が初期に描いた、青い色調のどことなく神秘的なものだった。  楸の絵は高い。招待客のほとんどが資産家だ。絵画や芸術品を投資や財産の一つとして考え、作品の真意や意味など考えないし、知ろうともしない。俺もその一人として見なされ、招待された一人だった。  俺は若い頃、ものを創り出すことに夢を持っていた。しかし、親へのしがらみが俺の夢を打ち砕いた。多分、俺は今も夢を追っている。 他人の作品の中に俺の夢を見ているのだろう。  楸の作品は俺の心を打った。俺の求める夢に重なったのだ。それから、俺は機会があれば、楸の絵を買い求めた。  彼の絵を蒐集するほど、俺は楸をも知りたくなった。その欲求は日に日に強くなっていった。自分でもせき止めることが出来ないほど、 彼の精神性を知りたくて、彼の内側の顔を暴きたくて堪らなくなっていた。  だから、俺は初めて金にものを言わせた。  謎に包まれた楸の家を突き止め、彼を俺の元に連れてこさせたのだ。
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