第1章

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 今、楸が俺の前に佇んでいる。初秋の頃から随分時が過ぎ、いまはもはや夏だ。あのときと同じ草木染めの麻のシャツにゆったりとしたパンツを穿き、ビーズをあしらった帯で腰元を締めている。都会離れした姿が、反対に楸らしいように思えた。  椅子を勧めると、彼は黙って腰掛けた。普通なら、なぜ自分をここに連れてきたと問うのが当然だろう。彼は粛然としたまま、椅子に同化していた。その美しい姿はキャンバスに塗り込められた絵画そのものだった。まるで生きた人間に感じられない。儚く、脆い幻に見えた。  長い時間、俺と楸は見つめ合ったまま黙っていた。レースのカーテンが閉じられた部屋の内部は次第に色を失い、赤く染まった後、紺色に沈んでいく。  沈黙に耐えられなくなったのは俺の方だった。 「なぜ、何も言わない?」  楸が想像していたとおりの美しく高いテナーの声音で答えた。 「会いたかったからでしょう?」  その通りだ。楸は拒否することも出来ず、強引に連れてこられたにもかかわらず、声を荒げることはなかった。 「そっちに行ってもいいか?」  ほかに言葉はなかった。楸の足下に跪き、その姿を崇めたかった。  沈黙を承諾と受け取り、俺は楸の前に膝を着いた。その手を取り、ほっそりとした指に親指をすべらせた。  楸は何も言わず、されるがままになっていた。いやがることもせず、感情を見せない静かな水面のような表情で、俺を見下ろしていた。 「お前を俺のものにしたい」  初めて、俺は自分の欲求を口にした。絵画を蒐集し、その色の重なりの感情を知りたいと思いながら、あのとき一目見た楸を忘れることが出来なかったのだ。  楸の顔に手を添え、引き寄せる。彼の唇を俺は優しくついばんだ。そのまま立ち上がり、彼の手を引いて、寝室へと誘った。楸は抵抗すらしなかった。  俺は彼の絵画で埋め尽くされた寝室へ、彼を引き入れ、ベッドに座らせた。楸は精巧に作られた人形のように、俺にされるがまま、横になり、服をはぎ取られていった。  俺の愛撫を受け入れ、目を閉じて、白い肢体を開く。  楸が誰とも交流せず隠れるように生きてきたわけを、彼の服をはぎ取ったときに知った。二つの幼く小さな膨らみが胸を飾り、なおかつ、 目立たないほど未成熟な性器が彼には備わっていた。
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