第1章

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 この頃、めっきり寒くなりましたね。いかがお過ごしでしょうか?  僕は相変わらず、バイト三昧の生活です。  あなたと一緒に働いた職場で、まだ働いているなんて、あなたは驚かれるかもしれないですね。  僕は真面目なバイトじゃなかったから、店長のあなたにはいつも怒られてばかりでした。  もう、あなたはこの店に帰ってこないと思うから、正直に書きますね。  あなたが僕の不真面目さを見ては叱ってくれるのが、実はうれしかったのです。  あなたがいつも僕の動向を気にしてくれているのが、本当にうれしくてたまりませんでした。  だから、不謹慎にも、あなたに怒られるようなことばかりしていたように思います。  あの頃、僕はあなたにあこがれていたから、あなたに怒られることをしているのだと錯覚していました。  でも、あなたが店をやめて、県外に引っ越してしまったとき、この店で働くのが正直つまらなくなりました。  それなのに、やめなかったのは、あなたとのつながりを唯一感じる思い出の場所だからでした。  あなたのことを知る人がまだ働いているこの店で、あなたのことを口にしても、おかしいことと言われない、ただひとつの場所だったのです。  僕はあなたにはあなたのことを訊ねませんでした。あなたに根掘り葉掘り訊ねて、あなたに興味があることを知られたくなかったから。恥ずかしかったのかもしれませんが、今思うと、もっとあなたと親しくなっていればよかったと、悔やまれてなりません。  あなたは覚えてないかもしれないけれど、一度万引き騒ぎで、素行の良くない僕を疑った人たちから、僕をかばってくれましたよね。  たぶんその時に、僕はあなたを特別に感じるようになったのかもしれません。  誰も信じなかった僕のことを、こんなことを手引きするような奴じゃないとはっきり言ってくれた。本当に僕はうれしかったんです。  あなたは僕を心から叱ってくれました。僕のことを信じてくれました。  聞いてください。僕はあなたのおかげで今の店では結構信頼してもらえて、レジ締めまでさせてもらえるようになったんですよ。  あなたが心配してた悪い仲間とも縁を切って、今、定時制の高校に通っています。少しずつお金を貯めたら、専門学校に行って、資格を取って、絶対にあなたと同じ会社に就職するつもりです。
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