第1章

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 年の瀬を迎えて、せわしない町中をやり過ごし、ようやく自宅のドアを開ける。今日は、仕事納めだった。土日も仕事に呼び出され、有給も消化できないまま、年が終わろうとしていた。仕事始めは最初の平日からで、もちろんとしか言いようがない。  忙しさはありがたい。この部署に移してくれと願ったのは自分だった。だから、現状、多忙を極めていて当然で、むしろそれが精神的に楽なのだ。  三ヶ月前に別れを切り出された。一年保()ったのは奇跡だと言われた。彼は同じ会社の人間だった。密かな逢瀬に身も心も溶かされた。しかし、そう感じていたのは自分だけだった。もったいつけることもなく、ほかに好きな男ができたから、と告げられた。その男と、新しい事業を興すのだと。  彼が今どうしてるかなんて知らない。  疲れた体を雑然とした空間に横たえる。これでも三ヶ月前まではきれいにしていた方だった。招く相手もいないのに、きれいにしておく必要性を感じない。雑誌がベッドの脇に塔を作っている。乱雑に積み上げただけだから、ふとした拍子に崩れてしまった。  崩れた雑誌の隙間から、一度だけ行った旅行の写真を見つけた。香港に行った。ふたりでビクトリア・ピークを訪れたり、飲茶を楽しんだ。思い出を切り取ったかけらが、数枚のスナップ写真に納められていた。  旅行から帰ってすぐだった。バーに差し向かいに座った自分に向かって、彼は唐突に切り出した。 「なんか、合わないよね。いいよ、これ以上話してもさ、こう、お互い苦しいだけじゃん? それに、黙ってて悪いと思ったけど、ほかに好きなやつができたんだよね。で、今度、彼と一緒に会社を興そうって誘われてて。なんかさ、パートナーって、あこがれてたんだよね。あ、おまえじゃだめだったとかじゃなくて、たぶん、タイミングなんだと思うけどね」    要するに、飽きられたんだろ?  そんな思いがぐるぐると脳裏を巡る。思い出のかけらはまだずっしりと心に重たくて、自分がひとかけらも忘れていないことを思い知らされる。  三ヶ月経っても、一ミリも色あせることがない。それがたとえようもなく苦しい。
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