第1話 欲望のままに

15/39
前へ
/41ページ
次へ
「寒いだろ?悪い、勝手に持ってきた」 そう言うと梛音は俺の肩に、寝室から運んできた毛布を掛けてくれた。 そして血が滲んでしまった俺の手首にそっと触れ、優しくキスをする。 ちっともイヤラしくないキス… 動物同士が傷を舐め合うような、そんな労わりのキスだった。 「手錠、もう外していいよね。えっと、鍵は?」 おもむろに梛音は口を開き、俺にカギの在り処を尋ねた。 「つッ、まだ駄目だ」 慌てて俺は梛音を制した。 だいぶ発作が収まってきたとは言え、またいつ何時、幻覚に襲われ、暴れ出さないとも限らない。それに、発作の後のほうが、もっとタチが悪い。 梛音にだけは、絶対に危害を加えたくなかった。 「そっか…」 とっさに俯いた梛音の表情は読めなかったが、なんだかひどく辛そうに思えた。 ふと、俺は疑問に思った。 「なぁ、お前、俺のこんな姿を見てもちっとも驚かないんだな…。なんでだ?」 居酒屋での対応もそうだ。今思えば、梛音は冷静すぎるほど冷静だった。 まさか、いや、そんな筈はない。 俺は自分の頭に浮かんだ最悪な考えを、即座に打ち消した。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加