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元来わたしという者は
夏に白い雪を想い出し
冬に枯れた花火を懐かしむ。
その心は秋の空の様にうつろい易く、
常、とどまるところを知らない。
煩わしく思っていた蝉の声も
消えた後では耳をそば立て、
手を暖めた白い吐息も
見えなくなればそれ、溜め息に変わる。
夕立をよぶ入道雲も
風花が舞うあの青空も
どちらかの下、どちらかを想う。
夏が来れば早く冬をと
冬になれば早く夏をと
あちらへこちらへ
いったりきたり。
掌の上で、心はクルリ。
「落ち着きなさい」と叱られて
頬を紅葉に染めてみたり。
「お止めなさい」と咎められ
誤魔化すイチョウの笑い声。
その目まぐるしさの中一つだけ
変わらないのはただ一つだけ。
ただ偏に
春の訪れを待つことである。
春の嵐が戸を叩けば
夜の帳をかいくぐり
ただよう春の香を嗅ぎにゆく。
湿り気を帯びた空気の中で
嬉しい予感に心が躍り
時を忘れて眠りを貪る。
短い逢瀬のその後で
春にひとこと別れを告げて
そしてまた、ただ待ち続ける。
どれほど歳月が過ぎようと
どれほど季節が巡ろうと
ただ偏に生きる傍で
わたしは春を待っている。
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