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それに、私の知っている言葉の中で一番近いものというのは、野良犬であった。
携帯のバックライトが、一瞬照らさなければ、分からなかったであろう、その黒色の体躯の力強い四肢が私にそう、判断させた。
――だけれど、変だ。
もし野良犬であれば、飢えてでもいない限りはむやみやたらにこちらに近寄ってきたりはしないだろう。
彼らも賢い。人に関わって良い事なんてないと言う事を熟知している。
人に襲い掛かるほど飢えていたのなら、私に認識を許す事なんてありえない。
じゃあ。アレは、何?
野良犬のような何かは、その答えを説明でもするかのようにのっそりと、私の座るベンチの近くの街灯の照らす範囲内へと移動する。
そして。私は自分の認識を訂正する。
それは犬、であった。とは言え、私の知っている犬とは、姿しか似ていないようだった。
どうして、この距離にまで近づかなければ、分からなかったのか不思議でならないほどの強い悪臭を撒き散らしながら、私に近づいてくるソイツの関節は、球体をしていて。
見ればその鋭い牙は、街灯の光を弾いてヌラヌラと輝き――分泌物に塗れている事を差し引いても尚、余りあるほどに金属質だ。
ああ。
ソイツは犬――犬のカタチをしたニンギョウ。
どうしようもなく無機質で、隠し立ての無い剥き出しの敵意を私に向け、ソイツは私に一歩一歩にじり寄ってくる。
――逃げなきゃ。
立ち上がりかけ、だけど足がもつれ、転んでしまう。痺れたように、身体が上手く動かない。からから、と音を立て携帯が滑り落ちる。衝撃で開いたバックライトが、ありもしない方を照らす。
いたずらに、思考が加速する。
逃げる。助けを呼ぶ。
――――戦う?
まさか。
自分の息が、荒げるのを感じる。鼓動がばくばくと、加速している事が分かる。血液が流れている事すら、理解ができる。
自分が、生きていた、と言う事を再認識する。
そうか。
これが、死ぬって、事か――――。
ソイツは軋むような、唸り声を上げた。
怖い。
ソイツは私を睨みつけた。
――怖い。
ソイツは脚に力を溜めた。
――――怖い!
ソイツは、跳躍した。
嗚呼――死にたくない――――ッ!
ソイツは、私に牙を見せつけて。
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