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 ――思えば。  我ながら、随分無鉄砲な事をした――と。  今更ながらそんな事を、つらつらと、考えさせられてしまう。  衣食足りて礼節を知る、だったか。確か古典の先生が言っていた事だったけれど、確かに、ある意味で、それは正しかった。  考える、と言うのは難しい。思慮深くともなれば、尚更に。考えるだけの余裕がなければならない。  哲学者というのがよく職業として成り立つものだと、世界史の教科書を見る度に考えていたが、成程そういう事だったのか、と一年来の疑問が氷解する程に。  今。私のいる場所は暖かな、大浴場であった。  大きな大きな浴槽に、私独り。悠々と足を伸ばして、浸かっている。水面には花畑を錯覚させる数の赤色の薔薇がちりばめてある。  浴場内に漂うローズ・オイルの柔らかな香りは、何だか落ち着いて。漏れる息と共にふと見上げれば、色彩豊かなステンドグラス。  確かに、祈りを捧げたくなる程に、それは綺麗なんだけれど、仮にも女性の使う浴場に、男性の全身像とは如何なものか。  TVで見るような外国の宮殿を想わせるこの雰囲気に、勿論この上なく相応しかったのだけれど、私だって一応は乙女。  幾ら禁欲を戒律に掲げている――と、クラスメイトの誰かが話していたような記憶がある――宗教の開祖さまの像だからと言って、気分はよくない。  とは言え、これも慣れなんだろうか。このお屋敷で、私と、もう二人。それ以外の人は見ていないけれど私含め、全員女性。一切注意されなかったから、きっとそう言う事なのかも知れない。  ――あるいは。  ぬるめのお湯に、火照った身体を脱力させると、黒い石で出来た縁に頭を乗せる。あくびが、吐いて出た。瞼が重い。  緊張しっぱなしの身体と感情。それに引かれて、つい過敏に考え過ぎてしまう。考え過ぎて、空回る。悪い癖だ。  いや。考えた結果。考えていないのと同じ結果になったのであれば。そんな事は同じじゃないか。  そう。ハムスターの車輪のようなものだ。こんな思考は。思考の振りをした堂々巡り。いたずらに労力を消耗するだけ。  ああ。もう。やめだやめだ――努めて意識的に両目を瞑ると、鉛でも詰まったかのように重い眉間を、指で無造作に解きほぐした。  
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