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4、 龍が走ってどこかへ消えると、弥生はひとり、絵を見ることになった。 それは"平凡"なんかなくなるような絵で、 本当にそうなればいいのにと思ってしまった。 此処にはただひとり、自分だけしかいないのだから、 そう思ってもいいだろう。 その絵には、担任の河村が描かれていた。 ただ描かれているのではない。 死に様が描かれていた。 弥生はこれを見たとき、どんなものよりも美しいと思った。 どんなものよりも自分に必要だと思った。 そして同時に、自分はそういう人間だったんだということを確信した。 「僕は狂っている」 静かな教室の中、彼の声は大きく響いた。 体は何かに押し潰され、驚いた表情はこの世のどんなものよりも酷く、醜い。 でもそれが美しい。 鮮血が顔の表面を流れ、涙のようになっている。 手足はいけない方向にまがり、かろうじて形をとどめているのは助けを求めて差し出したような手だ。 胴体は上からのしかかる物によってはっきりと見ることができない。 一体誰がこの絵を描いたのだろう。 こんなに素晴らしいものを、誰が描いてくれたのだろう。 ただそれだけを思っていた。
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