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弥生は絵を携帯電話で撮影し、あった場所に戻した。 「ふう…」 ただそれだけの事だが、集中しすぎて息が止まっていたらしい。携帯電話をポケットに入れると酸素が足りなくなったのか、大きく呼吸をした。 「龍、どこにいるの」 美術室から出て、長く寂しい廊下で龍の名前を呼ぶ。 すると蛇口を捻る音がした。大量の水が出ているのだろう、アルミのシンクに水が叩きつけられる音は聞き慣れている大きさよりずっと大きい。 少し行ったところのトイレに入ると、叩きつけられる水の音と共に嘔吐する龍の姿があった。 さっきまで一緒にいたのにも関わらず、苦しそうに顔を歪め、涙を流しながら胃から上がるものを吐き出している彼の姿は一回り、二回りと小さく見えた。 胃にあるものをすべて吐き出した彼は、息も絶え絶えに弥生を見た。その目は、苦しみと悲しみの中に、迷いがあった。 蛇口を閉めるために伸ばした彼の手は宙で力なく曲がると、体がバランスを失ってその場に倒れた。 泣いていた。鳴いていた。啼いていた。 この時だけ、弥生の目には龍が弱く見えた。いつも強くて面白くて、明るく振る舞っている彼が、芯をなくしたように小さくなっている。 「龍…」 でも彼になにをすれば良いのか弥生には分からなかった。 同じ絵を見た。 龍は体に症状が出た。苦しんでいる。 弥生は興奮した。現実になったら、とも考えている。 同じ人間のはずなのに、二人は大きく違った。何年も一緒にいたはずなのに、これだけは違った。 それは弥生が狂っているという何よりも証拠に、確信になった。 そして。
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