第6章 その噂、真偽定かにあらず

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しばらく経って俺は目を開けた。何も起きて、いない……? 自分の体を見る。いつも通り。どこか怪我もしてないし手足もちゃんとある。うん、大丈夫だ。 車両を確認。破損箇所無し。先程と変わらない、どこにも異常は見当たらない。 「な、何だったんだ今のは……」 俺が呟くと、音が響く。それは車両に備え付けてある電話で、これで最後尾の乗務員と連絡を取ったりする。 電話を取ると先輩乗務員が心配そうな声で聞いてきた。 『大丈夫かい?電車止まっちゃってるけど、何か異常でもあったのかい?』 「あ、いや!特に異常はありません!線路内に何か落ちてると思ったんですが、確認して大丈夫でした!」 『そうかい、なら良かった。今アナウンスでお客様には遅れる旨を伝えるから、準備出来たら合図お願いね』 分かりました、と俺は答えるとすぐさま計器のチェックをし、発車の準備をする。2、3分とはいえ遅れは遅れだ。すぐに発車できるようにしないと。 (しかし、あれはなんだったんだ?まさかあれが先輩の言っていた幽霊電車なのか?) 俺がそう考えながらふと前方を見ると、線路に何かいる。どうやら動物のようで、犬や猫ではない。狸にも似ているが何か違う。 (あ、そういや先輩が言ってたな。確か貉っていうのも狸狐のように人を化かすって。それにあの偽汽車も、起こしたのは確か貉じゃなかったか?) ぼんやりと聞いていたのに何故か俺はあの人の話を覚えていた。そう、偽汽車だ。 『明治の初め、蒸気機関車が導入され始めた頃に現れた怪現象で、起こしているのは狸や狐、あと貉もか。まあ大概は本物とぶつかってそのまま死んじゃうらしいけどな』 もしかして、あの電車は偽汽車だったということか?そしてこの貉はそれを起こした犯人、と。 しばらくするとそれは線路の外の茂みへ姿を消した。俺は深呼吸をすると、 「……なるほど、先輩の話もあながち嘘じゃないんだな」 そう呟くと電話に手を掛ける。発車可能だと知らせるためだ。 (まあの人に今日の話をしてみよう。もしかしたら自慢できるかも) そんな、珍しいものを見て友達に自慢したいと思う子供の心を持ちながら、俺は前を向くと、 「異常無し、出発進行」
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