敵わない相手 ~引き留めるための前戯~

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(『一目惚れは甘く、しつこい』第7章 敵わない相手のP451から掲載) 2人は手を繋ぎながら、波打ち際を歩く。 寄せては返す波の動きと音。 少し肌寒い風と潮の香り。 お互い会話はなかったけれど、押し寄せた波に驚いて逃げたり、波の音を聞いて目を瞑ったり、海岸線を眺めながら、その先をイメージしたりしながら、2人は視線を合わせる度に、微笑み合った。 海は果てしなく広大で、麻莉たちを包み込んでしまう。 2人の居る場所は時間が止まってしまうかのように静かだった。 このまま時間が止まって、恋人同士のように、いつまでも一緒に居られたらいいのに。 麻莉は舜平の繋いでいる手に自然と力が入っていた。 舜平も麻莉の手を強く握り返した。 麻莉たちは腰を下ろせる場所をみつけて、肩を寄せ合って座る。 時間が少しずつ過ぎていく。 (………帰りたくないな。このまま、舜平さんと一緒に遠くに行きたい) 現実逃避をしたくなるなんて……。 舜平とのことで、実は気持ちが参っているんだなと麻莉は思った。 舜平は恋人同士には充分なくらい傍に居てくれる。 麻莉を失いたくないという舜平の強い気持ちも感じている。 でも、どこか真っ直ぐに思い合えない気持ちが、麻莉の心に引っかかっていて、どことなく不安が抜けきれなかった。 風がさっきよりも幾分、強くなり、遠くの空の雲行きが怪しくなってきたので、舜平が「そろそろ行くか?」と立ち上がって麻莉の手を引いた。 麻莉はずっしりと重たくなった心をゆっくりと持ちあげるように、立ち上がる。 突然、ポツポツと雨が降り出して、麻莉たちの服を濡らし始めた。 麻莉たちは慌てて、その場から動き出した。 空は明るいままなのに、一気に土砂降りへと変わる。 2人は走って駐車場に停めてある車に乗り込んだが、すでにお互いの服はびっしょりになっていた。 車のフロントガラスは土砂降りの雨が降り掛かり、流れる水のブラインドがつけられたかのように、目の前の景色を遮断した。 雨の音のせいで周囲の音もかき消され、舜平がかけた車のエンジンの音とエアコンの吐き出し口から聞こえる暖房の音だけが響いて、その空間は誰にも覗くことができない個室のようだった。
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