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ジョーは俎板の上でトントントンとイカを刻むばかり。いや、包丁のリズムが前より早くなった気がする。
「ね、どう思う?」
しびれを切らしてさくらは畳み込むようにジョーに尋ねた。
「よかったじゃないか。で、どうしてソイツを断ったんだ?」
やっと俎板から顔を上げて、ジョーが珍しく真面目な顔付きでこちらを見た。
「どうして断ったって知っているの?」
尋ねながら、さくらは胸の内で舌を打つ。母が慶子おばさんにお喋りしたに違いない。この大悲劇(?)を魚にして大いに飲んで嘆き悲しもうと予定していたのだけれど、話が伝わっているとなるといささか腰砕けになってしまう。
「さくらのことは、なんだってわかるさ」
ジョーの声音はいつもより優しい。いや、もしかしたらいつも優しかったのかもしれず、それに気づいていなかっただけだろうか。
さくらはちょっと気恥ずかしくなりビールのグラスをもてあそんだ。
「あのね、もしかしたら探していた人はこの人じゃないか、って一瞬思ったの。初めての出逢いだというのに昔からの知り合いみたいにリラックスできて、一緒に話していて楽しかった。
車でうちまで送り届けてくれて、それで、さようなら、と言おうと思ったら、彼が、話しておきたいことがある、って改まった口調でこちらを向いたの」
グラスを見つめて独白しているのだけれど、ジョーが耳を傾けてくれていることは、何となく気配でわかる。
「まさか最初のデートでプロポーズ? とか思って緊張したわ。彼が前置きだけ告げてしばらく黙っていたから、いや、ひょっとしてゲイだったりして、とか不安になった。
そうしたら、何だったと思う?」
中西の口から出たのはある新興宗教団体の名前で、彼はその青年会のメンバーだったのだ。世の中で誤解されているところがあるから、と彼は説明した。
別に一緒にメンバーになって欲しいというわけではない、とも付け加えた。ただ、知っていて欲しい、と。
「私、一晩考えてみたの。話には聞いていたけれど、いったいどういう宗教なのかグーグルして調べてみた。
で、やっぱり苦手なんだ。信者から献金を集めるぐらいで社会的に害のない団体だとしても、そういう宗教にハマっている人ってどうしても胡散臭く感じられて、生理的にダメなの」
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