157人が本棚に入れています
本棚に追加
/120ページ
十二月、師走になってから雪でも降りかねない寒い日が続いている。
さくらはカシミヤのマフラーをしっかり首に巻き付けて冷たい風を防ぎながらおでん屋に飛び込んだ。
「おー」
カウンターの向こうからジョーが声をかけてきた。
「たまには、いらっしゃい、ぐらい言ったら?」
さくらは彼に逢えた喜びを隠して不機嫌な顔を繕う。
先週はこの忙しい師走だというのにジョー、いや慶子おばさんの店は臨時休業とやらで閉まっていたのだ。
毎週彼の店を訪れている自分としては、金曜日に彼の顔が見られないとガクンとくる。それも、話を聴いてもらいたかったその大事な週末に逢えなかったのだから。
今日もテーブル席にサラリーマンらしき背広の男達が二人座っているのみ。カウンターの端のいつもの席に腰掛けながら、店がこの客数でやっていけるのかさくらは心配にならざるをえない。
「ねー、お客さんの数、少ないよね」
店内を見廻してからさくらが囁くように言うと、ビール瓶とグラスを差し出しながらジョーがいつものようにニヤリとした。
「そんなことないさ。もう遅いんだぜ」
「それならいいけれど」
手酌でビールをグラスに注ぎながらさくらはジョーに微笑する。
「で、さくらは何か話があって来たんじゃないのか?」
「あっ、わかる?」
「そりゃ、何となくね」
ジョーはそう言うと眼を逸らせて奥のキッチンにある冷蔵庫からイカや海老を取り出して来た。俎板にイカを載せて包丁で細かく切り刻む音がする。トントントン。
「あのね、お見合いしたんだ」
さくらが言うと、ジョーは一瞬沈黙してからこちらを見ずに答えた。
「あー、おばさんがそう言っていた、ってお袋が言っていた」
ということはこちらの一挙一動(?)は母のお喋りのおかげで安藤家の人々に筒抜けらしい。
「とてもそろってデキた人だったの」
さくらは意図的に朗らかな声を出して彼の反応を探る。ジョーはちょっと頬を強張らせたが、いかにもさり気なく答えた。
「よかったじゃないか」
フム、とさくらは鼻を軽く鳴らす。もっと関心を持ってもらわないことには話が盛り上がらないではないか。
「一流大学を出てお堅い銀行に勤めているし、すごいイケメンで逞しい山男なの」
最初のコメントを投稿しよう!